9月 03

脇の下にできた大きなシミ

シミ“といえば顔にできるモノと思っている人は多いかもしれませんが、顔以外にもできることがあります。実際に私の体にも大きなシミができた事があります。

いつできたのかはわからないのですが、1年以内であることは確かです。夏のある日、わきの下の手入れをしようとした時に、そのことに気が付きました。

脇の下にできた大きなシミ

まずシミのサイズですが巨大です。直径にしておおよそ10センチぐらい・・・。顔にできていたらショック死するレベルです。

形状はシミというよりは打撲のような感じですが、色や皮膚の変化などはまさにシミそのものなんです。

脇を気にする女性

そして、そのシミができた場所は「脇の下」です。どこかに誤ってぶつける場所ではないため、何らかの理由でできてしまったと思われます。

ひとつ心当たりがあり、私は関節リウマチを発症してから1年間くらいの間、片方の腕が上に伸ばせず横にも広げられない状態になっていました。かといってしっかり脇を閉じる事もできず、半開きのまま固まってしまった貝のような状態だったのです。

幸い投薬で薬の効き目が出てくると、もう上がることはないように思えていた手があげられるようになり、通常の生活に戻りましたが、ここ数年再発して悪化してきたため、薬の種類を変え量を増やしていたところでした。

おそらくそうした事が原因でなんらかの異変がシミとなって表れたのかと思います。

もう1つ考えられるのは、リウマチの薬です。リウマチはなかなか寛解する病気ではないので、ずっと薬を服用し続けていました。その薬の副作用も原因の1つではないのかなと考えています。良く効く薬なのですが、やはり不自然なことも多いのでしょう。

原因はなんであれ出来てしまったものは仕方ありません。ただ大きさも大きさですから、ホワイトニングやハイチオールCどころのレベルではありません。肌だけではなく、気持ちまで黒く染められている気分です。鏡を見ながら、自分がなんだか傷んだ果物みたいで嫌だと思ってしまいました。

8月 25

インフルエンザになったときの思い出

今年初め、インフルエンザ(A型)にかかりました。

自転車通勤をしているのですが、帰宅中にちょっと体がふらつく感じがしました。その日は何とか帰宅しましたが、翌朝、起きた時に体が重く感じ、鼻水・咳が止まらない状況だったのでかかりつけ医に行きました。

インフルエンザA型

そしてインフルエンザと診断されました。お医者さんからは「最低5日間、会社での勤務を禁止します。その後については5日後にまた診断を受けてもらい、それから決めます。なお、できる限り他人とは接触しないでください」と言われました。

それまでインフルエンザにかかったことがなかったので、すごくショックを受けましたが、お医者さんからの指示なので仕方無いと割り切ることにしました。

早速、会社に連絡し、休暇申請を行いました。生憎、仕事が忙しい時期だったので、他のメンバーには申し訳無い気持ちで一杯になりました。メンバーからは「大丈夫、しっかり休んでください。」と言ってもらえてちょっとだけ気が楽になりました。

寝込んでいる男子

病院から自宅に帰る途中は、「他人と接触しないように」というお医者さんの言葉が思い出され、自分がばい菌になった感じさえしてしまいました。自宅に戻り、自室に布団を敷きました。家族にはラインで病状を伝えました。メールのチェックくらいはしよう、と思いましたが、どうも体が重くて少しパソコンの前にいてはすぐ寝床に入る、という感じでした。

夕方になり家族が帰ってきましたが、私の部屋のドアを少し開けて「大丈夫?」と言ってきました。その後、食事は妻がマスクをして部屋まで持ってくる感じでした。一人で食べる食事は味気ないものでしたが、家族に感染しては大問題なので我慢しました。子供がたまにドア越しにその日の出来事を語ってくれた時は何とも嬉しくなりました。

体調はその後、徐々に回復し、5日後にはほぼ完璧、という感じになり、病院に行くと「出社OK」となりました。翌日から職場にはマスクをし出社しました。仕事はほぼ問題無く出来ていて、一人くらいいなくても何とかなるもんだな、とちょっと寂しさを感じるとともに、再度、自分のポジションを獲得するために頑張らなくては、と身の引き締まる感じがしました。

8月 13

私が肺炎になったときのことについて

私が肺炎にかかったのは中学生のときでした。冬休みのため学校が休みだったので外出しようと思い、家族と出かけていたときにいつもより呼吸がしづらいと感じるようになってきたのです。当然、その瞬間に肺炎だと気付くこともなく、ただただ体調が悪いのかもしれないと思うだけでした。

しかし、時間が経つにつれて良くなるどころか悪化していき、少し歩くだけでも膝に手をつかないといけないくらいに呼吸をすることが難しくなり、同時に頭痛を伴ってきたのです。その時、このままではまずいと思い、家族と一緒に病院へ直接向かうことになり、そこで肺炎と診断され私の中では残りの冬休みは絶対に遊べないだろうと感じたことを今でも覚えています。

薬

不幸中の幸いだったのが、肺炎ではありましたが入院が必要になるほどのひどいものではなく、1週間程度安静にすることを条件に薬を頂いて家に帰ることができたということです。幼い頃に違う病気で入院したことがあり、その時の寂しさを微かに覚えていたこともあり安堵していました。

2週間程度の冬休みの中で肺炎になり、1週間以上の安静が必要になった私は当然ながら友達と遊ぶわけにもいかず、家でひたすらゆっくりとしていました。薬のおかげで4日ほどでかなり症状は軽くなりましたが、外に出ることができるわけもなく寂しい冬休みを過ごしたことが大人になっても忘れられないです。

寝込んでいる男子

中学生の私がその時に感じていたのは、早く元気になって遊び回りたいということでした。携帯電話を片手に友達からの遊びの誘いメールを断ることしかできなかったのが相当悲しかったんだと今では思います。その後、すっかりと元気になった私は寝込んでいたときの時間を取り戻すかのように友達と大いに遊び周り、元気で いられることの喜びを自然と感じていました。

今でも当時のことをしっかりと覚えているほどにしんどかったのだと思うのですが、健康である事が幸せなことだとも思えたので、それだけは良かったのかもしれない思っています。

8月 01

脱臼骨折した時の話

大学入学したての頃の話ですが、ゴールデンウィークに仲間内で川越の河原でソフトボール大会があるので参加して欲しいと言われて、人数合わせで参加する事にしました。

自分は野球経験はあまりなかったのですが、何故かレフトにあてられ、ボールがバンバン飛んでくるポジションになってしまいました。

野球の試合中に転んで脱臼

そんな二試合目の一回裏の話で、相手チームのバッターが打ち上げたボールが自分の方まで飛んできました。

自分は必死でボールを追いかけていたら、ちょうど膝下ぐらいの高さにロープが張ってあり、それに引っかかって転んでしまいました。

その時左腕に鈍い音がして、あーこれヤバイと自分では思っていましたが、周りの人間は自分の転び方がとても可笑しかったのか笑い転げていました。

腕を脱臼

起き上がって自分の左腕を見てみるといつものぐらいの太さになっており、見た目で脱臼して外れているのが一発でわかりました。

太くなった左腕をプランプランさせながら皆の方へ戻ると、周りの人間も徐々に気づいたのか大騒ぎになっていきました。

すぐに救急車を呼んでもらい、待っている間にアイシングやらよくわからない痛み止め(後で聞いたら腱鞘炎の薬でしたが・・・)を飲ませてもらったりしました。

ものすごい激痛の中、やっと救急車がたどり着き最寄りの病院に運ばれましたが、近くの救急病院がいっぱいということもあり違う病院へと回される事になりました。

そして病院に着いたはいいものの、命に関わる緊急性がないという事から普通に診察室の前のイスに座らされ、痛み止めももらえずに激痛をただひたすら待つという地獄のような時間を過ごしました。

何とか歯を食いしばり激痛に耐えながらようやく診察室に自分が呼ばれ、整形外科の医者の先生に診てもらう事が出来、脱臼した腕をはめてもらいその日は家に帰りました。

剥離骨折と判明し結局手術をする事に

骨折した男性

後日経過を診てもらいに病院へ行くとまた脱臼している事が発覚し、麻酔もないまま痛みに耐えてまたはめてもらいました。

さらに一週間後に病院へ行った際、また脱臼していると診断され、もっと詳細に調べてもらうと関節についてる靭帯が剥離骨折していた為、何度はめても外れてしまう事が発覚しました。

3度目の正直で腕の手術をしてもらい、やっと腕にはまりましたが、その後もリハビリが大変でもうこの病院には来たくないと思いました。

7月 20

謎の腹痛でブラック患者扱い!?

腹痛で苦しそうな女性

わたしはよくお腹の激痛を訴え、昼夜関係なく、病院に何度も駆け込んだことがあります。痛みが強い時には、救急車を呼ぶこともありました。妊婦でもないのに、スイカのようにお腹が膨らみ、パンパンに張ってしまうのです。

そのまま入院する事もあり、入院と絶食となる事もしばしば・・・。婦人科や内科の検査をして、異常なければ院という運びが多かったです。症状が軽ければ、胃腸のけいれん止めらしい薬剤を入れた点滴だけで済むこともありました。

どの病院でも腹痛の原因は不明

診断

こういった状況が頻繁に起こったので、どこの病院にいっても「原因不明」と言われ、ただ「痛がっている人」という扱いを受けました。

たまに「軽い腸閉塞」と診断してくれる先生もいましたが、根本的な原因だけは分かりませんでした。

この状況が嫌でいくつかの病院で診察を受けましたが、どこも「原因は分からない」とのこと・・・。

自分なりに原因を究明しようと色々調べてみると、

「元々便秘体質である事」
「便秘を引き起こしやすい向精神薬を飲んでいる事」

これらに加えて、何かしらの症状が重なり、謎の腹痛が発生しているのでは?と思うようになりました。ただ結局の所、原因は不明です。

それでも原因の1つと予想される便秘にならないよう、漢方薬を飲むなどの努力はしました。そのおかげか、以前よりもお腹が痛くなる回数は減りました。

病院の対応がかなり雑に・・・

医者の診断

しかし、回数が減っただけで痛い時は痛いのです。そんな時はやっぱり病院へ行くのですが、最近はさっさと帰宅させられることが多くなりました。痛みがあるにもかかわらずです。

よくはわかりませんが、なんとなくカルテに「ブラック患者」と記載されているかのようでした。

私としては、ただ「家では安静にして、消化のいいものを食べるようにしましょう」と言ってくれるだけでも安心できるのですが・・・。患者の顔を見ず「なんもないから帰宅してください」は、少し配慮にかけていると思います。気をつけていても、痛くなる時は痛くなるのです。

今後は病院を当てにするのではなく、食べる量を腹8分目に抑えたり、漢方薬を利用するなど、自分自身で気をつけていきたいと思っています。

6月 26

ノロウィルスと胃腸炎のダブルパンチ

私の中で二度とかかりたくない病気があります。それはノロウイルスによる胃腸炎です!あんなにひどい思いをするのは生まれて初めてで、トラウマになりそうなほどの嫌な記憶です。

その年の冬は、ノロウイルスが大流行している年でした。インフルエンザや風邪は聞いた事があったのですが、ノロウイルスによる胃腸炎の流行なんてあまり聞いた事がなく、最近になって発見されたのかなぁ程度の知識で、予防を徹底するなんて事もせずに過ごしていました。

病気になった子供

ある日、小学1年生だった息子が夜中に気持ち悪い!と言い出し、トイレで吐いてしまいました。ちょっと楽になったようだったので様子を見ていたのですが、30分おきに吐いてしまうような状態になってしまい、ちょっと焦ってしまいました。脱水症状になったら大変だと思って水分を取らせてもすぐに吐いてしまうので、心配しながら一晩過ごしました。

朝方には、ようやく吐かなくなったのですが、今度はひどい下痢に。トイレに行くのが間に合わないほどの激しい下痢だったので、オムツを履かせて病院に連れて行ったのですが、診察を受けたらすぐにノロウイルスによる胃腸炎だと言われ、学校もしばらく休む事になりました。12月の末だったのでそのまま冬休みに入ってしまうような状態でした。

トイレ

その後、主人と私にも感染。お義父さんと祖父にも感染が広がってしまい、祖父はひどい脱水で入院する事になってしまいました。家族みんなで吐くか下痢しているかでトイレに代わる代わるこもっていて、ぐったりしていてひどい有様でした。

毎年、クリスマスは我が家ではご馳走を沢山作ってみんなでパーティーをするのですが、その年はそれどころではありませんでした。ようやく症状がおさまってからも、しばらく食欲が回復する事はなく、みんな2,3キロ痩せてしまっていました。風邪もインフルエンザも大変な病気だと思いますが、我が家では冬にかかりたくない病気はノロウイルスによる胃腸炎がダントツで1番です。

6月 08

リウマチとインフルエンザ

今年の「インフルエンザ」の勢いは物凄かったです。

私は関節リウマチを患っているため、普段から免疫力を抑制する薬を飲んでいます。なので、風邪をひかないように真夏でも長袖長ズボンやハイソックスを着用し、汗ダラダラになりながら頑張ってきました。

しかし、今年のインフルの流行にはひとたまりもなく、あっという間にかかっていました。少し薄着だった日に喉が僅かに痛くなったと思っていたら、その後2か月近くも苦しむことになってしまいました。

インフルの検査は陰性だが・・・

これまで手術はありましたが、風邪では20年近く受診していなかったため、自宅近くの病院の診察券の日付を見たら平成12年でした。

病院に行くと、検査で反応がB型ですと言われている人やゴロゴロ痰が絡むような咳をしている人だらけで、かえって悪化するのでは?と思ってしまうような有様でした。

インフルエンザの検査

診察の順番が回ってきたインフルの検査を受けましたが、陽性反応は検出されませんでした。

しかし、咳や痰が酷く長く続くため数週間病院に通い、処方箋を受けているうちに、抗生物質で舌がボロボロとなり、食べているものが砂を噛むような感じにまでなってきました。

おまけに激しくせき込み続けたため、眠れず、脇腹まで痛く咳やくしゃみも苦痛となってきました。

この症状を告げても、周囲の患者さんの方が重い人が多く、私くらいではもう終了という感じです。私もこれ以上薬を飲み続けると、かえって体に良くない感じがしていたため、病院へ通うのは終わりにしました。

リウマチで通院している人は油断禁物

その後リウマチの専門医に脇腹の症状を告げると、疲労骨折だな~とつぶやいていましたが、案の定強く訴えなかったので処方はありませんでした。

Webで症状をチェックしていたため、咳による肋骨の疲労骨折(ヒビ)には、自力で傷むあたりに湿布を貼るしか手立てがないことは知っていました。

しかし、もうその頃には花粉症の症状が混ざり始めており、もはや風邪なのかインフルなのか気管支炎なのか花粉症なのか、わからないほどグチャグチャな状態になっていました。

私自身、免疫力が低下している事も知っており、気をつけていたつもりだったのですが、油断したところがあったのかもしれません。

リウマチで通院している人は、油断せず、風邪対策を講じていくようにしてくださいね。特にインフルエンザが流行る時期は注意しましょう。

5月 28

大型連休中に人生初の強烈な腹痛!病院探しが大変だった

私は46歳の独身男性です。両親はすでに他界し、兄はいるものの別世帯なので一人暮らしをしています。一人暮らしで怖い物の1つが病気です。誰も看病してくれる人が側にいませんからね。

今まで風邪やインフルエンザ等のよくかかる病気は経験していたものの、腹痛はありませんでした。脂っこいものを食べると腹痛・胃もたれを発症する方っていますけど、私はまったくそういうのがありません。タフな胃腸の持ち主だったのです。

まさかそんな私が腹痛に苦しむ時がやってくるとは思ってもみませんでした。

夜中に突然の腹痛が襲来

あれは今から8年前の事です。GW(ゴールデンウィーク)に当時交際中たった彼女と外食に出掛けた日の事です。

外食はハンバーグ。その帰宅途中に雑貨屋さんに立ち寄り、海外産のお菓子を購入しました。

ただそのお菓子が良くなかったんです。味は激辛、しかもその大半を私一人で食べてしまったんです。

お腹の激痛

彼女は夜23時頃に自宅に戻り、私一人になりました。特に体調不良もなく眠りについてると、急な腹痛で目覚めます。

強烈にお腹が痛むんです。下痢の痛みとはまた違い、鳩尾周辺が強烈に痛みます。

ここまでの痛みは今まで経験したことはありませんし、もしかしてこのまま私は死ぬのか、もしくはヤバイ内臓系の病気にかかっていたのかと心底あせりました。

しばらく時間が経過すれば痛みは治まるかな・・・と思ってじっとしてましたが、全く治まりません。ただ30分ほど経過すると痛みを感じるものの、激痛というほどではなくなり病院へ行こうと決意しました。

連休中はどの病院もお休み・・・

休診

しかし時間は午前3時、さらにGW真っ最中です。こんな時間に空いてる病院なんてありません。しかもこのまま痛みに耐え抜いて翌朝になっても、翌日は日曜日なので病院は休診中。明日耐え抜いて月曜になってもGWで休日、つまり明々後日まで病院で診てもらうことは出来ないんです。

さすがにこのまま耐え切るのは不可能だと思い、救急医療情報センターへ電話しました。救急車も考えましたが、出来るだけ自分で解決したかったんですよね。

車で10分ぐらいの距離に夜間・休日応急診療センターがあることを電話で教えてもらい、そのままの足で病院まで向かいました。

残念ながら病院には専門医はおらず、いたのは新人っぽい30歳前後のお医者様。聴診器で簡単な検査後に胃薬と痛み止めを処方してもらいました。この薬が効いたのか、30分後には痛みは止んでなんとか眠れました。

彼女には何も異常はなかったので、私一人で食べた辛い系のお菓子が原因だったのかなと納得しました。ただ、この腹痛を起こしてから胃腸が弱くなり、胃腸薬を携帯しなければならないほど弱い胃腸となり現在も苦しんでいます。

5月 18

急性腸炎で1日だけ入院

腹痛で苦しそうな女性

数ヶ月前の話しです。私はその日、午前中は体調が悪いというわけではなくむしろ調子が良く普通に仕事をしていたのですが、昼ご飯を食べて午後になったらお腹が痛くなってきました。あれおかしいなと思っていたら、下痢が止まらなくなりました。うえからも吐くことを繰り返し、仕事を早退。

普段からよっぽど体調が悪くならなければ、病院にいくことがない私は、あったかくして寝ていれば治るだろうと思い、市販薬を飲んでゆっくり寝ていました。しかし、体調が良くなることはなく、むしろどんどん悪くなっていきました。夜遅くになって、さらに我慢できないほどの腹痛に襲われ、主人に訴えて、救急病院に車で行ってもらいました。

熱は39度台だったため、まずはインフルエンザが疑われました。鼻のなかをぐりぐりされて、しばらく待っていたら陰性の結果が出ました。次は、CTの検査が行われました。最初に両手をあげてと言われ、両手あげるのしんどいわと思いながらもなんとか上げ、ドーム状の穴のなかをウイーンと動いていました。

急病の原因は急性腸炎

また、しばらく待っていると先生から話があると呼ばれ行くと「急性腸炎」という診断がでました。写真を見せられましたが、よく分かりませんでした。

解熱剤と痛み止めの点滴をうって、点滴が終わったら熱が平熱に下がったので、あとは薬を出しますので様子をみてくださいと言われ、会計を主人にお願いしていたら、再びお腹が我慢できないほど痛くなり、汗まで噴き出してきました。

病室

結局その日は入院することになりました。身体は幼いころから丈夫なほうで、この時が入院することが初めてだったのでとてもドキドキしました。4人部屋で小さな物音も気になる感じで、あまりよく眠ることはできませんでしたが、朝になったら病気だったのだろうかと思うほど元気になっていました。

1日だけの入院でしたが、大変な病気になったんだなと実感し、今後は自分の体調にもっと気をつかっていこうと考えた体験でした。

4月 28

他人事ではない「産後うつ」

産後うつ

10人に1人が産後うつになるって知っていましたか?まさか私がその1人になるとは思っていませんでした。しかも、精神科に通い、処方された薬を真面目に飲んで悪化させてしまったんです。

常に倦怠感があり、漠然と「死にたいな」と思ったことは少なくありません。包み隠さず言うと、無意識に2度も自殺未遂をした事もあります。

精神科の薬で身を滅ぼす!?

産後うつになって5年後、ある漢方薬局の先生と出会いました。先生曰く、

「自殺をしたくなるのは、薬を飲んでいるから。うつ病患者で自殺した人の100%がうつ病の薬を飲んでいる。」

と知らされました。それが本当かどうかは分かりません。しかし、私の体験と照らし合わせると、あながち間違っていないのでは、と感じました。

それから私は薬を飲む事をやめています。

私の主治医はやぶ医者だった・・・

医者の診断

その後、精神科の主治医に診てもらう機会があったのですが、薬を飲んでいない事に全く気付く気配がないのです。

実際の診察も

「寝れてますか?」
「何か変わった事はありましたか?」
「次の予約は?」

こんな感じで診察が終わります。時間にしてたった5分程度です。本当にやぶ医者だなと思いました。

個人的には薬に頼るべきではない思います

現在、様々な薬が開発されていますよね。抜群の効果を発揮する薬も多いです。しかし、こと精神病においては、薬に頼るべきではないと個人的には思います。

先の漢方の先生も「将来認知症のリスクが高まるのがうつ病の薬」だと言っていました。

もちろん、漢方の先生の言葉だけを信じるのではなく、私自身もたくさんの本を読んだりして、情報を集め、漢方から栄養(鉄サプリ、ナイアシン)食事などについて勉強しました。

女性は特に生理もあるので、出産による栄養不足(特に鉄不足)によってうつ状態になってしまうことは、科学的に証明されているようです。

何を信じ、何を選択するのかは本人や家族の自由です。でも、私の約7年のうち5年くらいは、本当に無駄な時間を過ごしたなと後悔しています。

残念ながら、悔やんでも時間は戻りません。今は薬なしで、規則正しい生活も出来、仕事や子育てもこなすようになりました。無駄なこと(=精神科に行き薬を飲むこと)をした人が後悔しているということを一人でも多くの人に知っていただき、一人でも無駄な時間を過ごさないように願っています。

4月 14

パワハラやいじめは心の病の原因になる恐れがある・・・

職場でパワハラ・いじめを受けている女性

私が病気になり始めたのは10年前でした。きっかけは、職場でのパワハラいじめです。男性ばかりの会社で女性は私一人しかいなかったので、職場で心の許せる友達も作ることが出来ませんでした。必死に食らいついて頑張っていましたが、結局いじめに耐えきれず辞めてしまいました。

パワハラ・いじめが怖くて・・・

当分は体を休めるつもりだったので、自宅でのんびりしていました。ただこのままではいけないと思い、次の仕事を探し始めました。

しかし、前の職場での出来事がフラッシュバックしてしまい、どの会社も楽しく働けるイメージを持つ事ができませんでした。終いには、面接でさえパワハラを受けているように感じはじめ、仕事を探す事自体が怖くなっていきました。

結局、仕事探しをあきらめ、そのまま自宅でこもっていたら、とうとう病気になってしまいました。負の連鎖です。

精神科でさらに症状が悪化

白黒の女性画像

はじめは親戚の家を利用しながら空気がきれいなところで休んでいました。しかし父の理解力もなかったし、父からも体罰されたりして私は余計に変になりました。頭がまいってしまったのでカウセリングだけでもいいので病院に行きました。カウセリングだけのところは何か月も待たないとやってくれないため精神科に行きました。

しかし精神科でさらに症状が悪化してしまいます。先生は優しく話を聞いてくれるものとばかり思っていたのですが、診察を受けた先生は突然怒ったり、叱ったりするのです。私はただ親身になって聞いてほしいだけだったので、とても辛い思いをしました。

何かしらの薬を処方されましたが、私が望んでいたのはただただ親身に話を聞いてくれる人なんです。カウンセリングを受ければよかったと、非常に後悔しています。

それから何年か後にようやく親身になってくれる友達が出来ました。側にいて、ただ話を聞いてくれるだけで本当に心の支えになります。病気はまだ完治していませんが、友人のおかげで少しずつ快方に向かっています。

3月 28

インフルエンザになって実感した親のありがたさ

子供を看病する親

私は子供の頃、よくインフルエンザに感染していました。2、3年に1回は必ず高熱を出し、その度に親が心配そうな顔で病院に駆け込んでいたのをよく覚えています。

それから時が経ち、県外の大学に進学した私は人生初の一人暮らしをスタート。全て自分で行わなければならない家事こそ面倒くさいものの、毎日が新鮮で、細かな事で親に怒られない生活はまさに最高でした。

一人暮らしのインフルエンザはツラい・・・

そんな一人暮らしで初めて経験する冬。いつも通り大学で講義を受けていると突然体中に異常な寒気が・・・。私は一瞬で状況を理解し、講義が終わると急いで家に帰り、体温計で熱を測りました。結果は38.2度の高熱。一人暮らし1年目にしてインフルエンザになってしまったのです。

病院の検査で陽性反応が出るのは発症後少し経ってからなので、それまでは1人で耐えるしかありません。

まず私は症状が軽いうちにすぐ近くの大型スーパーまで買い物に出かけました。健康体であれば自転車で5分程度なのですが、高熱で頭がフラフラするため自転車に乗るわけもいかず、途中何度も休憩しながら徒歩移動。15分ほどかかってようやく到着しました。

熱を測る女性

闘病に必要な物を購入し、なんとか買い物を終えて家に帰ると、頭痛と倦怠感から立っているのがやっとの状態に。熱も39度台になって身動きもできないので、寝ることが一番だと考えすぐに就寝することにしました。

翌朝目が覚めると症状はさらに悪化。恐ろしいほどの関節痛と倦怠感に加えて熱も40度近くまで上がっていたため、これ以上耐えるのは無理だと判断し、タクシーを呼んで近くの病院に直行。案の定、検査では陽性と判明しなかったのですが、医者が時期や症状などを考えてインフルエンザと独断で判断し、タミフルを処方してもらいました。

その後、この判断が功を奏したのか症状はなんとか抑えられ、5日ほどの静養で完全に回復することができました。

私はこの体験をして、一人暮らしのインフルエンザの怖さを実感するとともに、私の事を考え必死になって看病してくれていた親の姿が脳裏に浮かび上がりました。親のありがたさを再認識し、すぐにでも実家に帰省したくなったことを今でも覚えています。

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