8月 21

小児科に子どもの付き添いで入院してモンスターファミリーと同部屋に

病室

2年前になりますが、子どもが「RSウイルス」に感染し、こじらせて「肺炎」になってしまい入院していました。

その病院は、小児科に限って、保護者が24時間付き添うことが前提で、夜も私が泊まり込んでいました。

よって、大部屋にいる子ども4人に対して、夜間もそれぞれの保護者(ほとんどがママ)が付き添って寝ていたのですが、とても非常識な親がいたのです。

小児科に入院すると、非常識な親がたまにいる

迷惑

4人のうち、うち、隣のベッドのお子さんはまだ2歳くらい、向かいのベッドのお子さんは新生児でした。

そして、問題のママは斜向かいのベッドで、お子さんは年長さんか小学校低学年くらいの感じでした。

昼間もそのぼっちゃんは退屈なこともあり、とにかく大声でうるさく大部屋の室内を自由にウロウロしていました。本当は部屋から出てはいけないのに、勝手に出入り口付近まで歩いていって廊下に少し出てみたり。

一応、大部屋とはいえ、一人一人の空間が持てるよう仕切りのカーテンがあり、どのベッドもカーテンを引いていたのですが、その子が勝手に開けて覗いてくることもしばしば。

イラッとしながら「”なにか用があるのかな?」と聞きますが、声をかけられるとシャッとカーテンの向こうへと消えていきます。

何が腹が立つって、子どもは仕方ないとして、全く注意しない親に対してイライラしたのです。

そして、「ちょっとは周りに迷惑かけないよう注意してくれないのかな?」と不満を募らせていると、聞こえてきた子どもの言葉に唖然。

「ねえ、母ちゃん、母ちゃん。起きてよー。何で寝てるの?起きてよー」と。

何と言うことか、子どもが周囲に散々迷惑をかけているのに、ママは一人、子どものベッドで昼寝をしていたんです。

そして、子どもはと言うと、またまた勝手に廊下に遊びに出て行き、バッチリ看護師さんに怒られていました。

夜も、就寝時間21時と決まっているのに、騒々しく消灯しないばかりか、「ねえねえ、母ちゃん、DVD見るー」と子どもが言い出すと、かなりの音量で再生。

各床頭台にイヤホンあるんですけど、って感じです。もちろん、消灯時間無視。周りの3人小さい子が寝ていようが、寝かしつけている雰囲気をママたちが出していようが気にする様子もありません。

やはり、巡回に来た看護師さんに母子共に注意され、ようやくDVD鑑賞は終了となりましたが、そこからの就寝準備でドタバタ騒音を立てる始末です。

あげくに、「母ちゃんトイレー」と、室内にある共用トイレのドアをバタンと遠慮なしの騒音で開け、扉全開で水洗レバーをジャー。

さらに、トイレの中から「母ちゃんちょっと来てー」と大声で呼び、「何?うるさい!」と、さらにうるさく応答するママ。

こちらも、結構な状況で入院してるのに、あちらは入院と言えど元気な様子で迷惑三昧。

世の中、4人いると1人くらい、こういうモンスター家族がいるものなのかな、と心身共に疲れが増したという嫌な思い出があります。

8月 13

子供がマイコプラズマ肺炎にかかりました

子供の熱

我が家の子供が6歳だったころの夏のある日、熱を出し幼稚園を休みました。

初期症状は風邪とほぼ同じ

熱の他にも咳をしていて苦しそうだったので、かかりつけの小児科に診察してもらいました。先生の診断によれば、「風邪だろう」ということで、咳止めと鼻水の薬の他に、念のためと言ってペニシリン系の抗生物質が出されました。

貰った薬を飲んで、しばらく様子を見ていましたが、熱は下がることはなく、38度位のままで、子供は毎日咳が出て苦しそうなうえに、だんだんひどくなってきているような気がしました。また、いつも良く食べる子供が全く食欲もなく、ポカリスエットなどを飲むのがやっとでした。

心配しながらも病院でもらった薬を5日間ほど飲んで様子をみていましたが、症状は全く変わらず、よくなる気配がないばかりか、いつになくぐったりしている子供の姿を見て、あきらかにこれまでの風邪にかかったときと様子が違うと思いました。

「このまま良くならなかったらどうしよう」

と、とても心配になり、私はいてもたってもいられなくなり、翌朝一番でもう一度かかりつけの病院へ行きました。病院に着いて、診察の順番が来て診察室に入ると、私が子供の症状を説明する間もなく、熱と咳で苦しそうな子供の表情を見てかかりつけの先生の表情が変わり、すぐにレントゲンを撮ってみようと言い出しました。

マイコプラズマ肺炎と判明

レントゲン撮影

レントゲンを撮ると、子供の肺が半分ほど白くなりかけている様子がフィルムに写っていて、先生によると肺炎になっているという説明でした。そのころ、子供の通う幼稚園ではマイコプラズマ肺炎にかかっていた子供が多かったようで、先生の診断では我が家の子供もマイコプラズマ肺炎に感染している恐れがあるという話でした。

その診断を受けて、それまで処方されていたペニシリン系の抗生物質は中止して、マイコプラズマに効く、マクロライド系の抗生物質のクラリスが新たに処方されました。帰宅してその抗生物質の薬を飲ませると、子供の症状は次第に少しずつ落ち着いてきたようにみえ、前日までとは明らかに違って良くなってきているように思えました。

翌日には熱も下がり、子供の表情にも笑顔がでてくるようにまでなり、数日後念のため再度病院を受診し、レントゲンを撮ると、肺の白さはすっかり落ち着いていて、元に戻っていました。

適切な薬に切り替えたことで子供の体調が良くなってほっとしましたが、最初に処方された薬のままで肺炎がどんどん悪化していたら、今頃どうなっていたのだろうと思うと恐ろしくなります。

7月 27

腰椎間板ヘルニヤでの入院手術の体験話

腰痛

出張中に腰を痛め、同僚より早めに引き上げることにしました。まあ、ぎっくり腰くらいだと高をくくっていたのですが、帰りの電車内では、痛みがどんどんひどくなってしまいました。さらに。座っていられなくなり、つり革に掴まってぶら下がるなど、体を動かしている方が少しは痛みが紛れる状態にまで悪化しました。

何とか帰宅出来たのですが、姿勢に関係なく痛みがひどい状態に。しかも、腰が痛いのかおしりが痛いのか、はたまた右脚が痛いのか、どこが痛いのかさえわからないぐらい痛みが広がっていきました。

トイレに行っても座って力むことが大変辛く、お風呂も自分で座って洗える状態では有りません。

腰椎間板ヘルニヤで入院

病室

近くの大学病院へ連絡して、診察後に入院となりました。検査では腰椎間板ヘルニヤ(4S)でしばらく様子を見ようと、牽引治療を行いましたが、殆ど効果は有りませんでした。

一週間くらい牽引治療を行っても効果が無かったので、手術をすることになりました。ちまたでは、手術が失敗すると下半身不随になるとか言う話もありましたが、もうこの時には神経痛の痛みを我慢出来ず、何とでもしてくれ、という感じでした。

そして、手術前日か前々日に部分麻酔をかけて背中になにやらしているらしく、マーキングとか言っていたようでした。痛みがひどかったので、あまり覚えていません。手術当日は、麻酔で眠るまでは色々心配は有りましたが、何とかこの痛みが無くなってくれと願う一念で望みました。

願いが通じて、手術中は無事終了。看護婦さんに聞いたところ、麻酔が覚める頃はなんだかんだとうるさかったし、何か面白ことも言っていたと。何かまずいことでもしゃべっていないか心配でしたが、内容まで分からないとか言われてしまいました。

手術後は、病棟でギブスを背中半分に付け一週間寝たままの状態で入院生活を送りました。一週間が経ち、寝たきりの入院生活から開放される事に。ベットから体をゆっくり起こし、立ち上げって見ると、平行感が全く無くフラフラしてしまいした。寝たきりだったせいか、腰の手術をしたせいかは分かりません。

腰は人間の体の中心に有ります。ここを痛めると身動きが取れない状態になってしまいます。もし、あなたが腰痛持ちならば、悪化する前に早めに病院で診察を受けた方が賢明ですよ。

7月 11

入院中の病院食があまりにも少ないので飢えた話

かなり以前の話です。高校3年の夏頃、受験を控えている大事な時に、ずっと風邪をひいたような状態が続き、近所の病院へ何度か行きました。

もらった薬を飲み続けても、倦怠感や微熱が引かないので、ある日の診察で医者へ「採血などで一度調べてもらえませんか?」と、いうとOKとの事。

採決の結果、GOTやGPTが標準より高く「肝炎」との診断。今では、こんな粗雑な診断で終わる病院などないと思いますが、とにかく毎日静脈注射を打ち、漢方薬を処方される事になりました。

その後も結局治らず、高3の2月初めに大学入試を受けた後、すぐ別の病院をある人に紹介してもらいました。すると「即入院して詳しく調べてもらうように。」という事となり、大きな病院へ紹介状を書いてくれて即入院となりました。

入院中は少ない病院食に我慢

病院食

入った病室は、10名の相部屋で、腎臓、肝臓、膵臓に疾患を持った人ばかりでした。自分は「肝炎」という事になっていたので、高タンパクの病院食でおかずの量が充実していて、しかも美味しかったのです。「病院食も捨てたものじゃないな。」と思っていました。

さて、1週間近く経って、すべての検査結果が出た後の診断は「脂肪肝」。とにかくやせない限りは治らないし、ウィルス性ではないから薬も必要無い、という事でした。

途端に、病院食の量が激減。内容もまるでキリギリスのエサといったメニューに変貌。リンゴが1/4かけら、ドレッシングもなにもかかっていないレタス、小さな茶碗に半分ほどのご飯とか、とにかく見ただけでゲンナリでした。

悲惨だったのは、病室で寝ているとお見舞いの人が「たこ焼き」など差し入れを持ってくる時。それでなくても飢えていて、食べ物以外の事を考えようと努めている時に、ソースの香りが病室に立ちこめてきて、しかも親切に「こちら、いかがですか?」と、お裾分けを持って来てくれるのです。

すると、隣で寝ていたおじさんが「あかん、あかん。この人、食べたらあかんねん。」といって、ストップしてしまうのです。親切心と分かっているものの、無性に腹が立ってしまいます。

自分にとっては、残酷な日々が続きました。ついに耐えられなくなり、ある日の診断で担当医へ外出許可を願い出て、それからは病院の近辺をかなり歩き回って気を紛らわそうとしました。

ところが、食物屋さんなどがやっぱり目についてしまうのですね。ついには、肝臓の数値がまだ下がりきっていない段階でしたが、担当医へ強く願い出て退院しました。

病気がどう、とかいう前に、まさか病院で飢えを体験する事になるとは、夢にも思いませんでした。

6月 25

【女性特有】子宮内膜症で入院した時の話

腹痛

子供がなかなかできなかったので、いろいろな本や雑誌で調べると「子宮内膜症」が原因の一つかもしれないと知りました。

確かに、毎月の生理が不順だったりお腹が痛かったり、思い当たる節がたくさんありました。治療方法を徹底的に調べると、どうやら腹腔鏡手術が良いらしいです。開腹手術より身体への負担が軽く、術後すぐに動ける…など、日常生活のリズムを崩したくない私にとって、とても魅力的に思えました。

でも、その手術を上手くやるのはなかなかの技術が必要らしく、適当な先生にお願いするのも嫌なので、その手術のエキスパートを探しました。ラッキーなことに、エキスパートだとされる先生が私の住む街に異動で来たばかりという情報を掴む事が出来ました。なので、まだ予約もそんなに埋まっておらず、診察から一か月以内に手術する事に。今では、何か月待ちなど当たり前になっている先生です。

術前

病室

入院は一週間でした。入院してみると、病室は私と同じような年齢の女性ばかりでした。みんな似た症状で受診しているようで、「自分一人じゃないんだ」と、なんだかホッとしたのを覚えています。

同部屋の人と仲良くなり、一緒にご飯を食べたり情報交換をしたり・・・唯一の楽しかった思い出です。術前検診、全身麻酔の説明などを受けて、さらにお腹の中をからっぽにするために何リットルもの水のような下剤を飲みます。もともとお腹の弱い私は、その量と襲ってくる腹痛に恐怖を覚えましたが、なんとか頑張れました。

術後

手術は寝ていたら終わると言いますが、まさにその通りでした。でも、術後の一昼夜が私には耐えられなかったです。術後血栓にならないように足に付けたエアポンプのようなものの暑さ、術後とあって動いてはいけない事、睡眠導入剤もなぜか効かず眠れない事、時おり発狂しそうになりながら次の朝を待ちました。

看護婦さんが来て管をはずしてくれてやっと解放です。体調もあっという間に元通り元気になり退院できました。この後に手術を待つ他の患者さんを励まし、病院を後にしました。手術はやりたくないものですが、貴重な体験をしたと思っています。

6月 11

人生で一番辛かったかもしれない扁桃腺炎

普段の私はありがたいことに五体満足の健康体で、子供の頃からほとんど風邪もひかず、事故、手術等大きな怪我は全くした事が有りません。自分が覚えてないような小さい頃に熱くらいは出したかもしれませんが、概ね健康に過ごせています。そんな私がついこの前の正月に、扁桃腺炎を患いました。職を変えたばかりだったので、気をずっと張り続けていたようです。

疲れ

本来の予定では、仕事納めを終えその日の夜はネカフェに泊まり、ついでに大好きなマンガを読みふけり(笑)、翌朝そこから実家に帰る新幹線に乗る為に東京駅に向かうという、自分にとってはかなり楽しい予定を立てていました。実際は、仕事納めを終えた後、妙に体がだるくあまりの辛さに耐えられず、やむ終えず帰宅。その後、気を失った様に寝てしまい、ふと目覚めて慌てて支度を整え家を出て行くと言う事態に。

なんとか新幹線には間に合ったものの、いつの間にかあった喉の痛みは収まりませんでした。その時初めて体調不良を自覚したのですが、その時もまだ「ただの風邪だ、実家でゆっくりしてれば治るだろう」とたかをくくっていました。ところが、実家に帰って市販薬を飲んでもさっぱり喉の痛みは治らず、逆にどんどん酷くなり、しまいには食欲がなくなってしまいました。今まで生きてきて病気になっても、食欲だけは無くならなかったのに…。

発熱

頭もぼんやりしてきたので、念のためと熱を測ったらなんと38度超え。普段たまに病気になっても熱は本当にほとんど出ない、この時だってさすがに熱はないだろうと信じきっていた私にとって、この体温はまさに青天の霹靂、そしてこれがトドメでした。そこから実家にいる間はずっと寝たきりで、熱のせいで体も重く、本当に何もできませんでした。

病気でここまで辛いのは初めてだったのでそれももちろん辛かったのですが、それよりもせっかくの帰省だったのに家族と全くと言っていいほど一緒に過ごせなかったのが、本当に悲しかったです。次の帰省はぜったい元気で帰って、家族との時間を過ごしたいと思います。

5月 22

子ども(幼少時)の体が弱いと入通院で心身共に親は大変

赤ちゃん

私も幼少の頃は体が弱く1カ月に1回は必ず風邪をひいては高熱をだし、幼稚園、小学校を休んでいました。そんな私も今は2児の母親となり、看病される側から看病する側になりました。上が女の子、下が男の子です。長女はわりと丈夫な子でしたが、息子は私に似てしまったのか大変体が弱かったのです。

生後2週間で入院

生後2週間目で熱を出して1週間の入院を皮切りに、小学生になるまで「計5回」の入院を繰り返しました。そのうち2回ぐらいは長女も一緒に入院した事もあって、付き添うほうが寝込んでしまうほどでした。

下の子が生後2週間で入院した時は大騒ぎでした。髄膜炎かもしれないと、ナースステーションに連れて行かれて小さい体の脊髄から髄液を採取した際には、病室で待っていた私の所まで我が子の泣き叫んでいる声が聞こえ、息子が病室に戻って来るまで居ても立っても居られませんでした。

処置が終わり抱っこして連れて来られた時の顔は「涙と汗でぐっしょり」で泣き疲れて眠っていました。頑張った息子を抱きしめてあげたいと思っていたのに「1時間は絶体抱っこしちゃだめですよ。どんなに泣き叫んでもだめすからね。」と言われました。眠っている息子の顔を見ただけで涙が出そうになるのを堪えていたのに、その言葉で我慢していた涙が溢れ出てしまいました。

病室

その後の大部屋での入院生活も大変で、夜中の授乳などで1人泣くとみんなが泣いてしまい、もう気は遣うしクタクタで、産後で体調が戻っていなかったのもあり熱を出す始末。同部屋の同い年の子を持つお母さんとはよく話をさせてもらい、お互い助け合い精神で励まし合いました。

結局は「風邪」のようなものだったのですが「小さいからちゃんと調べて治療しなくてはいけません。」と諭されました。生後3か月ぐらいは母親から貰う免疫力で病気から守られているので、熱を出すなど体調が崩れた場合は、こわい病気の可能性が有るという事でした。

その入院から約1年後には「喘息様気管支炎」と診断。喘息の予備軍だそうです。息子が1年を通して調子が良いのは7月と8月ぐらいで、あとは小児科、耳鼻科の往復。咳こんで夜中も眠れないこともしょっちゅうです。酷いとすぐ入院。入通院を繰り返す中で、そこの小児科の入院病棟ではおなじみの顔となっていました。

看護師さん達もハードな勤務のせいかツンツンではないんですけど、結構きつい事を言う人もいました。ストレスが溜まるのは子供も付き添いの親、そして看護師さんもです。ただ中には優しい方もいて、名前も憶えてくれてかわいがってくれた方もいました。付き添いのお母さんとも結構仲良くなったりして、唯一の楽しみはお母さん達との談笑だったと思います。退院するときは「次会うと時は外で元気が良い時会いたいたよね」と別れたものでした。

大変でしたがあれから16年が経ち、長女も長男も無事成人して元気に過ごしています。

5月 08

膀胱炎で泌尿器科の診察を受ける事に

最近疲れが溜まっているなと思っていたところ、尿をするときにいたみを感じるようになり、頻尿になりました。おまけに血尿も出ているようで尿の色が普段とは違い茶褐色になってきたので、これはマズイと思って慌てて泌尿器科に行きました。

泌尿器科の診察

泌尿器科の診察

今まで泌尿器科にはかかった事がなかったので、治療方法やどんなお医者さんがいるのかと緊張しましたが一般的な内科のような感じでホッとしました。始めにとにかく尿検査をしましょうと言われてコップを渡されました。尿検査の結果、膀胱炎との診断だったので、とりあえず抗生剤を一週間くらい飲んだ方が良いとのことでした。

もっと検査とかをするのかと思っていましたが、尿検査だけで済んだので、私の取り越し苦労だったようです。病院の先生やスタッフさんも優しく接してくれたので、緊張せずに済みました。

膀胱炎で気を付けた方が良い事

疲れが溜まっていると細菌に対する免疫力も落ちるので、疲れを溜めないように休む事、また、特に女性は膀胱炎になりやすく、繰り返しやすいので、薬をきちんと服用してしっかりと治さないといけない事などの助言を丁寧に頂きました。

後は水分を多く摂って脱水にならないようにすることと、尿をするときに痛みを感じるからと言って、トイレを我慢してはいけないと言われました。

薬

最後に、大体1週間から10日くらいで治るとのことだったので、ホットした事を覚えています。

その後、先生の指示通りに薬をきちんと飲んで、休息もしっかりと取るようにしていたところ1週間ほどで症状が良くなり、念のため再度病院に行って尿検査をしたところ、尿も汚れていないので、薬はもう飲まなくて良いと言われて一安心しました。

泌尿器科に行くのは少し抵抗がありましたが、取り立てて緊張するようなところではないとわかったので、行って良かったと思います。

恥ずかしさを理由にツライ思いを長くするよりも、早めに行って治した方が自分の為にも良いと思いました。逆に病院に行かずに症状を悪化させた方が恥ずかしい思いをするかもしれませんよ(私の勝手な予想です)。

3月 23

不妊治療には専門の病院がオススメ

結婚して3年。
周りの友達や知人はどんどん妊娠して出産していくのに、私はなかなか子どもを授からなくて、正直焦っていました。結婚すれば当たり前に誰でも子どもを授かると思っていたのに、そうではない現実。でも不妊治療を本格的に始める勇気みたいなものも有りませんでした。

まずはちょっと相談、という感じで家から少し離れた産婦人科に行きました。(家から近い産婦人科だと知り合うに遭遇してしまう可能性が有りますからね)。

先生は可愛らしい女医さんで、まずは基礎体温をはかって排卵しているかチェック、そのあとタイミングをみてチャレンジしていきましょう、という方針でした。

基礎体温も二層に分かれているし、排卵もあるみたい、先生に言われた日に主人と夫婦生活を持つ、という生活を半年続けてみたけど結果は出ず。そこは待合室はいつも妊婦さんでいっぱい、初めこそ余裕のあった私もだんだんと気持ちが辛くなって、行くのをパタッとやめてしまいました。

基礎体温に一喜一憂する毎日も、フライングで検査薬を試すことも知らず知らずにストレスになっていたようです。行くのをやめて、基礎体温もはからなくなるとしっかりと眠れるようになり、気持ちも晴れていきました。

もう不妊治療はやめよう、自然に任せよう、そう決めて自己流でがんばってみたものの2年の月日が流れていきました。そのあいだに友達は2人目3人目と産んでいきます。

赤ちゃんのことばかり考えて余裕のなくなってきた私に、主人がまた治療をすすめてくれました。普段は何も言わないし、協力もしてくれる主人。

子どもが大好きで、結婚する頃できれば2人は子どもが欲しいね、って話していました。もしかしたら主人も辛かったのかもしれないな、と思い切って今度は不妊治療で有名なクリニックに通うことにしました。

そのクリニックは「さすが専門!」というくらい看護師さんも先生方も不妊治療のプロでした。

不妊治療専門医での受診

病院

まずは一通りの検査をしました。自分の卵子があとどれくらい残っているか、なんていう検査も有りました。

他には卵管造影検査。ネットで調べると痛いと聞いていたから覚悟して行ったけど、少しも痛みはなくあっというまに終わりました。

卵管にも詰まりはなく、検査結果も特に問題はなし。
ただ1つ気になるといえば、プロラクチンの数値が少し高めだということくらい。
それも薬を飲んで様子を見ましょう、とのこと。

主人のほうも特に問題はなし。

タイミングで3回様子をみて、ダメなら次のステップへ、という方針でした。

次のステップとは?と質問してら、私たちのような特に原因が見当たらない夫婦の場合、人工授精はあまり意味がないらしく、次は体外受精です、と宣言されました。

私が体外受精・・・結婚前には考えてもみなかった選択でした。

そのクリニックは1階部分が不妊専門となっており、めったに妊婦さんに会うこともなく、いつも混んでいましたが、自分と同じようにがんばってる人がこんなにもいると思うととても勇気をもらえました。

プロラクチンのお薬に漢方も2種類出してもらい、排卵しそうな日を教えてもらい、夫婦生活。やってることは前の産婦人科と同じことだったけれど、なんと通い始めて2周期目で妊娠することができ、無事出産に至りました。

赤ちゃん

プレッシャーから解き放たれたからなのか
環境が良かったからなのか
タイミングがよかったからなのか
薬が合ったからなのか

真相は分からないけれど、もっと早く通えばよかった!心底思いました。背中を押してくれた主人に心から感謝しています。

私と同じように不妊治療で苦しんでいる人は、一度不妊治療専門医に相談されてみる事をオススメします。

2月 23

眼精疲労からの体調不良

目の疲れ

先日、いつにもなくパソコンを長時間やり、本読みやテレビなどで、眼を酷使してしまいました。寝る前くらいに、眼が疲れたなと感じた時には、もう遅く、寝る頃には眼の奥のほうが疲れているのがはっきり分かりました。

寝ていても、眼の辺りに力が入っているのがわかり、熟睡出来ませんでした。何度も起きました。といっても、眠たいので眼を開けることはなく、頭が働いている状態です。

目を使い過ぎた結果

目

翌朝は、思っていた通り、頭痛や眼の奥が痛く、家族の者のお弁当や朝食を作るのもかなり大変でした・・・。この日は私の予定が一切入っていなかったので、家族が帰ってくるまでは休養を取れたのは不幸中の幸いでした。

普段、昼寝はしません。うたた寝もあまり好きではなく、寝るなら早めの就寝をするタイプです。しかし、頭痛がひどく何も出来ない感じでしたので、午前中ソファーに横になる事にしました。

ソファーに居ても、頭痛・眼精疲労、そして眼の疲れからの肩こりもあり、寝ることが出来ないので、すっきりせず、今度は何となく気持ちも悪くなり、風邪かなと思うほどでしたが、お昼頃になり、落ち着いてきて食事も出来ました。

子供たちが帰宅し、夕食をする頃にはだいぶ復活です。その日はいつもより早めに就寝。普段は、一晩寝れば翌朝には大体の疲れは回復しているので、それを期待して寝たのですが、翌朝もまだすっきりしていません。(もちろん前日よりは楽でしたが。)

結局、3日目の朝になってようやく普段の身体になりました。丸2日間、辛かったです。以前なら、一晩寝れば治ったのに・・・。恐らく年齢的に代謝が悪くなっているのも影響しているのかもしれません。

もともと近視ですので眼は疲れやすいです。さらに最近は、老眼も出てきたので、遠近とも眼の酷使があり、本当に困ります。寄る年波には勝てないので仕方がないとは思いますが、今回のような眼精疲労からくる体調不良は、本当に辛かったので、今後はパソコンなどの時間量を上手に考え、過ごすようにしなければと強く思いました。

1月 20

人生初の入院そして手術を経験

去年の6月に大変な思いをしました。ことの発端はブラッと買い物に行こうと住宅街を歩いていた時の事。私は別にトイレは近くないのですが、突然尿意を催してしまいました。

公園

あいにく住宅街にはトイレは見当たらず、止む無く公園の木陰で用を足しました。ところがしばらく歩いているとまた尿意を催したのです。そう言えば少し前からトイレに行っても勢いよく排尿できず、排尿後も残尿感がありました。

尿意はあるが全く出ない

トイレ

そういう状態がショッピングモールに到着後も続いたのですが、やがて尿意はあるがサッパリ排尿できない状態となりました。おかげで下腹部はパンパンとなり、かなり苦痛を感じるように・・・・。

タクシーで自宅へ帰り救急車を呼ぼうとしましたが、家族は冷たく「電車で行けば」と言われました。電車に乗っても座るのが苦痛で、さらに輪をかけるように間違って目的駅の一つ手前で下りてしまいました。

病院

時間は夜の11時半、目的場所は神戸市のポートアイランドにある市民病院です。一駅分を歩いてようやく病院に到着しさっそく受診。男性性器の先端の小さな穴から直径約7mmの管を通し、ようやく溜まっていた尿は排出されました。

麻酔もしなかったので激痛だったことは言うまでもありません。管を通したまま尿を溜めるビニール袋をつけ、明日の正式な診察のために自宅には帰らず病院内で一夜を過ごしました。

診察の結果

翌日の診察で「前立腺肥大」「尿閉」との病名を告げられました。

結局約一か月の間、管を通したままで生活しましたが、薬では治りそうに無かったので手術することを選択しました。手術は例の穴から電気メスなどを入れ、内視鏡を見ながら前立腺内側を削るという聞いただけで野蛮な手術でした。

手術は局部麻酔で行いましたが、執刀医が十分に前立腺を削りたかったか手術が長引き、最後は麻酔が切れて痛みがあったのを覚えています。手術と入院は4日間で、2日目に管は取れて自力で排尿できるようになりました。

12月 28

繁忙期に急な発熱で病院へ…

発熱

昨年末、とても忙しい時期に私は急な発熱と悪寒に襲われました。仕事もいわゆる繁忙期と呼ばれる時期に突入しており、また10日後に知人のお別れパーティが一つと別の知人の結婚式も控えている状況でした。とにかく早く治す必要性を感じて通院しました。

インフルエンザの可能性が・・・

実はこの時期インフルエンザがはやっており、私もその疑いがありました。現状の忙しさと簡単に休めない状況、そしてイベントが立て込んでいる状況を先生に伝えたところ、外出は基本的に控える必要があるけれどおそらくイベント事には間に合うだろうというスケジュールを丁寧に教えてくれました。

この時検査ではインフルエンザは陰性だったのですが、もしかしたらまだ反応が出ないだけであって、インフルエンザの疑いはかなり強いので、先にインフルエンザの薬を出すと言ってくださり、無事回復に向かう手立てを処方していただくことができました。

薬のおかげで回復傾向に

診断

言われたように薬を飲んで安静にしていたところ、三日ほどで明らかな効果がみられ、完全に回復することができました。また仮にインフルエンザだったとしても、イベントごとに参加する時期には、感染させる時期を超えていましたので、なんとかギリギリ間に合うことができました。

この時とても丁寧に話を聞いてくれて私自身の状況に合わせたアドバイスをしてくださったことがとても印象的です。実はその病院はその時に初めてかかった病院だったのですが、それ以来体調不良を起こした時にはその病院にすぐにかかるようにしています。

これまでは市販薬で済ませることがほとんどでしたが、その場合逆に回復が遅くなり、市販薬を二箱買う必要が生じるなど、通院よりも費用がかかってしまう状況が多々ありました。その問題もこの病院を発見できたことで解消できています。信頼できるお医者さんの存在は大きいなぁと思いました。

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