3月 23

不妊治療

結婚して3年。
周りの友達や知人はどんどん妊娠して出産していくのに、私はなかなか子どもを授からなくて、正直焦っていました。結婚すれば当たり前に誰でも子どもを授かると思っていたのに、そうではない現実。でも不妊治療を本格的に始める勇気みたいなものも有りませんでした。

まずはちょっと相談、という感じで家から少し離れた産婦人科に行きました。(家から近い産婦人科だと知り合うに遭遇してしまう可能性が有りますからね)。

先生は可愛らしい女医さんで、まずは基礎体温をはかって排卵しているかチェック、そのあとタイミングをみてチャレンジしていきましょう、という方針でした。

基礎体温も二層に分かれているし、排卵もあるみたい、先生に言われた日に主人と夫婦生活を持つ、という生活を半年続けてみたけど結果は出ず。そこは待合室はいつも妊婦さんでいっぱい、初めこそ余裕のあった私もだんだんと気持ちが辛くなって、行くのをパタッとやめてしまいました。

基礎体温に一喜一憂する毎日も、フライングで検査薬を試すことも知らず知らずにストレスになっていたようです。行くのをやめて、基礎体温もはからなくなるとしっかりと眠れるようになり、気持ちも晴れていきました。

もう不妊治療はやめよう、自然に任せよう、そう決めて自己流でがんばってみたものの2年の月日が流れていきました。そのあいだに友達は2人目3人目と産んでいきます。

赤ちゃんのことばかり考えて余裕のなくなってきた私に、主人がまた治療をすすめてくれました。普段は何も言わないし、協力もしてくれる主人。

子どもが大好きで、結婚する頃できれば2人は子どもが欲しいね、って話していました。もしかしたら主人も辛かったのかもしれないな、と思い切って今度は不妊治療で有名なクリニックに通うことにしました。

そのクリニックは「さすが専門!」というくらい看護師さんも先生方も不妊治療のプロでした。

不妊治療専門医での受診

まずは一通りの検査をしました。自分の卵子があとどれくらい残っているか、なんていう検査も有りました。

他には卵管造影検査。ネットで調べると痛いと聞いていたから覚悟して行ったけど、少しも痛みはなくあっというまに終わりました。

卵管にも詰まりはなく、検査結果も特に問題はなし。
ただ1つ気になるといえば、プロラクチンの数値が少し高めだということくらい。
それも薬を飲んで様子を見ましょう、とのこと。

主人のほうも特に問題はなし。

タイミングで3回様子をみて、ダメなら次のステップへ、という方針でした。

次のステップとは?と質問してら、私たちのような特に原因が見当たらない夫婦の場合、人工授精はあまり意味がないらしく、次は体外受精です、と宣言されました。

私が体外受精・・・結婚前には考えてもみなかった選択でした。

そのクリニックは1階部分が不妊専門となっており、めったに妊婦さんに会うこともなく、いつも混んでいましたが、自分と同じようにがんばってる人がこんなにもいると思うととても勇気をもらえました。

プロラクチンのお薬に漢方も2種類出してもらい、排卵しそうな日を教えてもらい、夫婦生活。やってることは前の産婦人科と同じことだったけれど、なんと通い始めて2周期目で妊娠することができ、無事出産に至りました。

プレッシャーから解き放たれたからなのか
環境が良かったからなのか
タイミングがよかったからなのか
薬が合ったからなのか

真相は分からないけれど、もっと早く通えばよかった!心底思いました。背中を押してくれた主人に心から感謝しています。

私と同じように不妊治療で苦しんでいる人は、一度不妊治療専門医に相談されてみる事をオススメします。

2月 23

眼精疲労からの体調不良

先日、いつもになくパソコンを長時間やり、本読みやテレビなどで、眼を酷使してしまいました。寝る前くらいに、眼が疲れたなと感じた時には、もう遅く、寝る頃には眼の奥のほうが疲れているのがはっきり分かりました。

寝ていても、眼の辺りに力が入っているのがわかり、熟睡出来ませんでした。何度も起きました。といっても、眠たいので眼を開けることはなく、頭が働いている状態です。

翌朝は、思っていた通り、頭痛や眼の奥が痛く、家族の者のお弁当や朝食を作るのもかなり大変でした・・・。この日は私の予定が一切入っていなかったので、家族が帰ってくるまでは休養を取れたのは不幸中の幸いでした。

普段、昼寝はしません。うたた寝もあまり好きではなく、寝るなら早めの就寝をするタイプです。しかし、頭痛がひどく何も出来ない感じでしたので、午前中ソファーに横になる事にしました。

ソファーに居ても、頭痛・眼精疲労、そして眼の疲れからの肩こりもあり、寝ることが出来ないので、すっきりせず、今度は何となく気持ちも悪くなり、風邪かなと思うほどでしたが、お昼頃になり、落ち着いてきて食事も出来ました。

子供たちが帰宅し、夕食をする頃にはだいぶ復活です。その日はいつもより早めに就寝。普段は、一晩寝れば翌朝には大体の疲れは回復しているので、それを期待して寝たのですが、翌朝もまだすっきりしていません。(もちろん前日よりは楽でしたが。)

結局、3日目の朝になってようやく普段の身体になりました。丸2日間、辛かったです。以前なら、一晩寝れば治ったのに・・・。恐らく年齢的に代謝が悪くなっているのも影響しているのかもしれません。

もともと近視ですので眼は疲れやすいです。さらに最近は、老眼も出てきたので、遠近とも眼の酷使があり、本当に困ります。寄る年波には勝てないので仕方がないとは思いますが、今回のような眼精疲労からくる体調不良は、本当に辛かったので、今後はパソコンなどの時間量を上手に考え、過ごすようにしなければと強く思いました。

1月 20

人生初の入院そして手術を経験

去年の6月に大変な思いをしました。ことの発端はブラッと買い物に行こうと住宅街を歩いていた時の事。私は別にトイレは近くないのですが、突然尿意を催してしまいました。

あいにく住宅街にはトイレは見当たらず、止む無く公園の木陰で用を足しました。ところがしばらく歩いているとまた尿意を催したのです。そう言えば少し前からトイレに行っても勢いよく排尿できず、排尿後も残尿感がありました。

そういう状態がショッピングモールに到着後も続いたのですが、やがて尿意はあるがサッパリ排尿できない状態となりました。おかげで下腹部はパンパンとなり、かなり苦痛を感じるように・・・・。

タクシーで自宅へ帰り救急車を呼ぼうとしましたが、家族は冷たく「電車で行けば」と言われました。電車に乗っても座るのが苦痛で、さらに輪をかけるように間違って目的駅の一つ手前で下りてしまいました。

時間は夜の11時半、目的場所は神戸市のポートアイランドにある市民病院です。一駅分を歩いてようやく病院に到着しさっそく受診。男性性器の先端の小さな穴から直径約7mmの管を通し、ようやく溜まっていた尿は排出されました。

麻酔もしなかったので激痛だったことは言うまでもありません。管を通したまま尿を溜めるビニール袋をつけ、明日の正式な診察のために自宅には帰らず病院内で一夜を過ごしました。

翌日の診察で「前立腺肥大」「尿閉」との病名を告げられました。

結局約一か月の間、管を通したままで生活しましたが、薬では治りそうに無かったので手術することを選択しました。手術は例の穴から電気メスなどを入れ、内視鏡を見ながら前立腺内側を削るという聞いただけで野蛮な手術でした。

手術は局部麻酔で行いましたが、執刀医が十分に前立腺を削りたかったか手術が長引き、最後は麻酔が切れて痛みがあったのを覚えています。手術と入院は4日間で、2日目に管は取れて自力で排尿できるようになりました。

12月 28

繁忙期に急な発熱で病院へ…

昨年末、とても忙しい時期に私は急な発熱と悪寒に襲われました。仕事もいわゆる繁忙期と呼ばれる時期に突入しており、また10日後に知人のお別れパーティが一つと別の知人の結婚式も控えている状況でした。とにかく早く治す必要性を感じて通院しました。

実はこの時期インフルエンザがはやっており、私もその疑いがありました。現状の忙しさと簡単に休めない状況、そしてイベントが立て込んでいる状況を先生に伝えたところ、外出は基本的に控える必要があるけれどおそらくイベント事には間に合うだろうというスケジュールを丁寧に教えてくれました。

この時検査ではインフルエンザは陰性だったのですが、もしかしたらまだ反応が出ないだけであって、インフルエンザの疑いはかなり強いので、先にインフルエンザの薬を出すと言ってくださり、無事回復に向かう手立てを処方していただくことができました。

言われたように薬を飲んで安静にしていたところ、三日ほどで明らかな効果がみられ、完全に回復することができました。また仮にインフルエンザだったとしても、イベントごとに参加する時期には、感染させる時期を超えていましたので、なんとかギリギリ間に合うことができました。

この時とても丁寧に話を聞いてくれて私自身の状況に合わせたアドバイスをしてくださったことがとても印象的です。実はその病院はその時に初めてかかった病院だったのですが、それ以来体調不良を起こした時にはその病院にすぐにかかるようにしています。

これまでは市販薬で済ませることがほとんどでしたが、その場合逆に回復が遅くなり、市販薬を二箱買う必要が生じるなど、通院よりも費用がかかってしまう状況が多々ありました。その問題もこの病院を発見できたことで解消できています。信頼できるお医者さんの存在は大きいなぁと思いました。

12月 27

原発性アルドステロン症

2年前の5月、夜中に左手の指が2本動かしにくくなっていました。トイレに起きた時に気づいたのですが、寝違えたのかな?と思い、また就寝。

翌日のお昼ごろには、さらに2本増えて4本の指が動かしにくくなっていました。脳梗塞が頭をよぎり、日曜だったため当番医を受診しました。

その時には、両手の指が動かしにくくなっていて、血液検査など詳しく検査した方がいいと大きい病院を紹介され、すぐに市内の総合病院へ。問診を受け、症状を訴え、このときには、全身筋肉痛のようになって足を持ち上げて歩くことも難しくなっていました。

首の後ろも痛いと訴えたところ、「頸椎症でしょう、今日は整形外科の担当は隣の市の総合病院だから、そちらへ」と今度は隣町の総合病院へ。

ここで血液検査やレントゲンなどした結果、低カリウムで体に力が入らないのでは?と分かりました。この時はもう歩くのもやっと、手の指に力が入らず、台の上で寝てくださいと言われても、自力でベッドにも上がれず、起き上がることもできないほど力を入れることが出来なくなっていました。

そのまま入院し、検査を開始。カリウムが少ないと同時に、大量にアルドステロンという聞いたことのないものが大量に出ている、と検査結果でわかりました。以前から高血圧で降圧剤を服用していたこと、数か月前から頻尿で夜中に4回くらいトイレに起きていたことなどから「原発性アルドステロン症」とほぼ確定されました。

それからは、どこからアルドステロンが出ているのか調べる検査を2か月ほど行いました。

出産の翌日から急に血圧が高くなり、200/120くらいと非常に高く、降圧剤を服用しても、150/100とあまり低くはなっていませんでした。それに加えて、多飲多尿の状態。

CT検査の結果、「右副腎に腫瘍ができており、そこからアルドステロンが出ているのに間違いない、手術で取り除けば、血圧も、多尿も、カリウムが低下するのも治ります」と先生に言われたので手術を決断。

それからは手術に向かっての診療になったのですが、この総合病院の泌尿器科には1人しか医師がいないので手術はできないということで、提携先の大学病院の泌尿器科に紹介され、初めて泌尿器科を受診しました。

もちろん手術前提です。待合室は、外待合と、もうじき診察が近い人が待つ中待合とありましたが、とにかく男性ばかりでした。女性は珍しいようでじろじろ見られたことを覚えています。男性が主なのか、待合の掲示板も男性不妊や前立腺ガン、男性のおしっこの悩みなど、年配の男性が多かったです。

泌尿器科というと、おしっこのことばっかりというイメージでしたが、腎臓、副腎の病気で来られる方多いですね。驚きました。

手術は、腹腔鏡手術で右胸の下あたりから、4か所穴を開けて右副腎を摘出しました。泌尿器科の患者さんが比較的少なったので手術前、手術後も個室を使用出来たのは快適で嬉しかったです。右副腎摘出後、血圧は正常になり、カリウム、アルドステロンも適正値になりました。手術後何度か大学病院の泌尿器科を受診しましたが、あとは隣町の総合病院の内科に戻り完治しました。

恥ずかしいことですが、腎臓、副腎も内科だと思っていたのですが、泌尿器科は縁がなかったからどういった科なのかも知りませんでした。お世話になってみれば、さすが専門科です。最適な治療を受けられて、元気になった今、とても感謝しています。

12月 25

検査入院 監視された5日間

私が病院にお世話になったのは、脳波長時間モニタリングの検査入院のときでした。

24時間5日間にわたって、常に脳波のデータをとり続け、監視カメラの下での生活です。他の病院で脳波に異常があると診断された結果、この検査のできる病院へと移動しました。5日間ひたすらベッド上での生活で、自分ではベッドから降りることはもちろん、洗面台もトイレも1人では一切行くことはできません。

常にナースコールがないと何もできないような状況で、毎日暇をもてあます日々です。ずっと脳波を測定する機器と、心電図、点滴を身体に付けているので、お風呂に入ることも出来ませんでした。

結果、毎日スマートフォンをいじるだけの日々になりました。PCの持ち込み、漫画や他色々なものの持ち込みは許可されていましたが、点滴をつけている腕ではゲームの操作も漫画を持つことも辛いので、ひたすら指先だけで操作できるスマートフォンのお世話になりました。

入院生活自体が初めてだったので、ナースコールを押すのが怖くて怖くて躊躇しましたが、
どの看護婦さんも優しく丁寧な対応をしてくださったので、2日目にはだいぶ慣れて呼ぶことができました。

個室だったので電話もできる状態で、暇そうな友人に適当に連絡をいれては電話をかけてもらい寂しさをしのぎました。身体の具合が悪いならまだしも、なんで検査程度でこんな入院しなくてはならないのだという気持ちが強く、誕生日を病院で迎えることになってしまった悲しさもあり、少しイライラしていた部分もあると思います。

母が毎日来てくれたこと、友人や恋人が来てくれたこと、辛い中にも嬉しいことはあり、
看護婦さんも話し相手になってくれたり、年齢の近い看護婦さんが多かったので気軽にお話ができて楽しかったです。

病院=怖いというイメージが強かった私は、入院を経験してから逆に怖いイメージが消えたので良かったと思います。検査の結果、脳に病気が見つかったので今後もまたいつか入院する日がくると思いますが、そのときは身構えずに入院できそうなので安心しました。

12月 21

急な高熱と頭痛で内科クリニックへ

私は、つい先日細菌性の胃腸炎でしばらく寝込んでいました。その時に病院へ診察に行った話をします。

高熱が出た日、私は遠出をしており、急いで帰ったのですが家に着くころにはすでに夕方の5時を回っていました。そんな時間から診察してくれる病院はなかなか近くになくて、それでも町内の内科に電話をしてみたところ、5時半までに受付をすれば診察してもらえるとのことでその病院に行くことにしました。

夕方でもう診察時間が終わるころだったので、点滴をするかしないかで看護師さんたちが話していたのが聞こえ、あまりにも露骨だったので少し気分が悪かったです。

30分くらい待ったあと、血液検査と尿検査をしました。その結果、原因がよく分からないと言われました。その日は結局解熱剤と抗生剤を処方してもらって帰宅。

しかし、その日の夜になって急におなかが痛くなり、夜の間ずっと1時間置きくらいにトイレにこもるような感じで、ほとんど眠ることができませんでした。翌日も同じような感じで、食事もほとんど喉を通らず、おなかは痛いのでトイレには行くのですがほとんど水が出る、という感じでした。

その翌日、腹痛の苦しみで我慢できずに同じクリニックにもう一度行きました。検査の結果、胃腸炎の可能性があるということでした。

私自身、ほとんど食事もとっていなかったので点滴をすることになったのですが、その時間が苦痛でした。とにかく時間稼ぎのようにしか感じられず、腹痛で眠ることもできずに待っていました。

しばらくして、内科の先生が大きな病院に紹介状を書いたので、すぐにでもそちらに行くようにと仰ったので、そうすることにしました。

その紹介状を待つ時間と、病院を出るまでの対応、そしてその後の対応まで本当に苛立つことが多く、内科クリニックの対応の悪さを痛感しました。

先生については、適切な診断をしてくださったと感じていますが、看護師さんたちの患者に対する接し方は問題がありすぎ!と感じましたね・・・。

12月 20

胃腸炎ですぐに病院に行って大丈夫だった話

冬の寒い時期に酷い腹痛で休んでいたことがあります。その時はあまり食事もしなかったので寝ているのが生活の基本でした。私は時間を見つけて病院に行って治療をすることを優先しました。なぜなら、私はこういった症状の時には病院の治療で常に良くなっているためです。
近所の病院に行くためには家族の車を使いました。その時は運転もできなかったので親に送ってもらった記憶があります。私は病院の先生に会ってそこで様々な症状を言いました。するとお腹の辺りを検査してすぐに結果が分かりました。
結果的には胃腸炎だったので数種類の薬で対処することになりました。その病院は胃腸の専門のところだったので個人的に信頼できました。また、家族の話では有名な医者が担当だったのですぐに症状も良くなると言われました。

実際に病院に行ってからは胃腸炎も治まったので安心しました。病院でもらった薬は非常に効果があったので今でも使う時があります。私は病院の医者に感謝して無事に良くなっていきました。ここで思ったのが自分で寝ているだけでは胃腸炎は治らないということです。適切な病院に行って対処すれば驚くほど早く病気も治ります。

胃腸炎になって困るのが腹痛で食事もあまりできないことです。私は腹痛と下痢で寝込んでいたので何もできない環境でした。そのため、病院で安心できる対処をしてくれた先生には絶大な信頼を寄せています。私は過去に何度も胃腸炎になっているので知っている病院があると精神的に楽です。

胃腸炎のような病気は放置しないことも重要だと言われました。また、病院では様々な対応策も考えてくれたので良かったです。基本的には安全な食事をすることを教えてもらいました。こういった病気はストレスと食事から来るので不安を溜めないようにしています。この自分なりの対応策があれば今後も安心できると思います。