7月 28

病気と水害

夜中に急な腹痛で目覚めました。我慢していましたが、痛みは増すばかりで誰かを呼ぼうにも唸り声しか出ない状態でした。たまたま起きてきた両親が私の様子に驚いて救急車を呼んでくれました。

腹痛

救急車はすぐに到着しましたが、病院が中々決まらない様子でした。私の様子から手術の可能性もあると外科が当直の病院を探していたようで、市内の病院4件に断られ病院が決まるまで1時間以上かかっていたそうです。やっと決まったのは市外の病院でした。

腹痛の原因は麻痺性腸閉塞

搬送後、すぐにレントゲン撮影され麻痺性腸閉塞だと診断されました。以前にも腸閉塞で入院した事がありましたが、今回は症状が重く鼻から胃まで管を入れる事になりました。

痛みを和らげる点滴ですぐに痛みは落ち着きましたが、管の圧迫感で息苦しく話す事が困難だったので看護師さんに息苦しさを伝えると、胃の内容物があまり出てこないからと管は抜いてもらえました。

息苦しさから解放されたのも束の間、今度は吐き気に襲われました。吐き気止めの点滴の追加になりました。

半日以上経ち、やっと症状が落ち着きあとは排便があるまで絶食し、徐々に食べる練習をすれば退院となるので一安心していました。

台風で病院の機能がマヒ

入院2日目の明け方、急に浸水を伝える警報が鳴り響きました。台風が来ていて近くのため池が溢れて病院の地下の駐車場と1階が水没してしまい、配電盤が地下にあったようで病院は停電してしまいました。交通網も影響があり看護師さんも出勤出来ない状態になりました。

水害

電気は止まり、水も使えず、人手不足な病院。トイレは流れずトイレにオムツをひいて排泄。

飲み水は災害用の備蓄の水が配付され、食事は本来は重湯→粥→ご飯とゆっくりと食事形態を変えるのですが、非常食になり形態は関係なく同じものを食べる事になりました。

またエアコンが止まった暑さや急な災害で頭痛が悪化してしまい氷枕が欲しかったのですが、電気が来ていないので冷蔵されていない常温の冷えピタで暑さと頭痛を乗り越えました。

本来ならばまだ入院して様子観察なのですが、家の方が快適に過ごせるだろうと言うことで1週間程、早い退院になりました。災害の恐ろしさを体験した入院生活になりました。

7月 11

意外だった病気「睡眠時無呼吸症候群」

私が初めて病気に気づいたのは、本当に意外なところからでした。

背中の痛みが、2週間続いており逆流性食道炎の影響かと思いながら、痛み止を飲みながら過ごしていました。しかし、あまりにも、痛みがとまらないので大きな病院に行くことに。

看護士さんに症状の説明をして診察を待っていたら、先に血液検査とCTを撮ってくるように言われました。すべての検査が終わって、先生の診察で意外な事実がわかりました。

胆石症と睡眠時無呼吸症候群

私の病気は、胆石症と睡眠時無呼吸症候群でした。逆流性食道炎は睡眠時無呼吸症候群の合併症です。

睡眠時無呼吸症候群という言葉は知っていましたが、まさか自分にと思いました。それからは、家での検査キットを持って帰り、寝る時に簡易検査をしました。

無呼吸症候群

その簡易検査の結果で、睡眠時に30回も呼吸が止まってることがわかりました。入院しての検査が必要になり、1日入院して検査がおこなわれました。

検査は、頭の先から足首まで線につながれ、一晩寝るだけの検査でした。その結果もあまりにも良くなかったので、夜寝る時にCPAPという呼吸を助ける機械をつけることになりました。

この機械をつけることは、すごく抵抗がありました。でも、CPAPをつけないと寝ている時に、突然の心停止もあると言われ、頑張って病気を治すことに専念するために、CPAPをつけるようにしました。

初めてCPAPをつけた時は、本当に違和感があり常に空気が鼻から大量に入ってるので、気圧の高いところにいる感じもしまた。慣れてくると意外と楽になり、夜ぐっすり眠れて、朝も起きるのが楽になりました。

逆流性食道炎も症状が、まったくでなくなりました。今では、CPAPが無いと眠れない状態になってきました。

病院には月に1回行ってますが、睡眠時無呼吸症候群もすごく良くなりました。これからも睡眠時無呼吸症候群とは闘っていきますが、きっと治したいとおもっています。

病気は、本当に意外な事がきっかけで、見つかることもあるんだと思いました。

6月 25

膵炎(すいえん)を疑われたが結局急性胃腸炎だった話

社会人になり、急性胃腸炎にかかりました。早朝から嘔吐が続き、吐くものがなくなっても胃液を吐くような状態でした。上腹部の激痛もありましたが、簡単に救急外来に行っては迷惑だという認識があり、通常外来が空くのを待ちました。

致死率30%の膵炎かも・・・

車で病院まで送ってもらい、通常通り受付を済ませましたが、座っていられる状態ではなく、待合室の椅子で寝ていたところ、重症だと判断され順番を繰り上げての診察になりました。

腹痛

上腹部の痛みと吐き気ということで、急性胃腸炎という診断を受け、処置室で点滴治療を受けました。吐き気止め・鎮痛剤を入れているのにも関わらず、痛みが引かず、嘔吐も止まらなかったことから、急性胃腸炎ではなく膵炎ではないか?との疑惑が持たれました。

膵炎の場合致死率30%程度と高いそうで、緊急でCTをとることになりました。CTの間じっとしていなければならないですが、痛みがひどく大変だったのを覚えています。

診察結果は急性胃腸炎

結果、膵炎ではなく重度の急性胃腸炎と言う事がわかり、点滴を追加。丸一日処置室で点滴治療を受けた結果、痛みと吐き気が引き、やっと睡眠をとることができました。眠りに落ちた時の安堵の気持ちは今でも忘れません。

おかゆ

それから一週間はおかゆのみ。飲み物も人肌程度の温度にしたもののみというものでした。

痛みと吐き気も辛かったのですが、さらに辛かったのが治療費。CTと点滴全て併せて一日で2万円という治療費がかかりました。

既に社会人になっていたため、両親に払ってもらうわけにもいかず、点滴を押して院内のATMでお金を降ろしたのを覚えています。学生の頃は病院の受付から支払いまで、重症のときは両親に頼っていたので、自分でやらなければいけないことが辛かったです。

最近は救急車を気軽に使ってしまう事が問題になっているので、救急外来にもかかれませんでしたが、もし本当に膵炎だったらと思うと、思い切って救急外来にかかることも大事だと思いました。

6月 14

高脂血症になった時に「健康」について感じた事

10年と少し前の話です。会社の健康診断で「高脂血症」と診断されました。診断結果には「お酒は控えるように」という注意書きが有りました。

しかし、私は普段、あまりお酒を飲まないのです。酒を飲むのは、付き合いで仕事仲間と外で一杯やるぐらいです。文字通りの意味で1杯しか飲みません。なぜこんな診断が出たのか・・・。

高脂血症は糖尿病の一歩手前

同僚にも高脂血症と診断された人がいました。その人もお酒は全く飲みません。その人は、そのとき以来、健康診断のたびに高脂血症の診断でした。そして最近、糖尿病になったそうです。

お酒

私はというと、翌年の健康診断では「高脂血症」と診断されましたが、その後の診断では「高脂血症」と言われる事は有りませんでした。もっとも、健康に注意して、外で仲間と一杯やる場合も、酒はなるべくやめてウーロン茶やカルピスを飲んでいたためかも知れません。まあ、周りからは、変な奴だと思われていたでしょう。

しかし、健康第一です。何しろ高脂血症というのは、糖尿病の一歩手前ですから、用心に越したことはありません。

それ以来、高脂血症の診断は一度も降りませんでした。私の年齢を言いますと67歳です。67歳というと、若い人と同じものを食べたり飲んだりしていても病気になる年齢です。人一倍気を付けなければならないのです。

年をとって感じる事

ところで周囲の連中を見ていますと、糖尿病になるならない、ガンになるならないはどうやら「体質」によるようです。

同じものを食べたり飲んだりして、同じような生活を送っていても、一方は元気に老後を過ごしているし、他方は寝たきりになっています。結局、健康的な生活を過ごしている人を参考にしたとしても、その生活が自分に最適かどうかは分からないのです。友人の中で糖尿病で定期的に通院している人もいます。彼の場合、私たちと同じような生活を送っていたのに、なぜ、自分だけがという思いを抱いている事でしょう。

人の体力、病気に対する抵抗力は生まれつき違うはずです。同じ生活をしていても、病気になる人、ならない人がいるわけですから。年をとると、健康的な生活が重要で有る事を感じる反面、このような身も蓋も無い事を感じてしまいます。みなさんは「健康⁼生活習慣」だと思っていますか?

6月 03

住之江区に有る泌尿器科で頻尿問題を解決!

私は、元々水分を多く摂るタイプで、そのせいでよくトイレに行きます。

摂取する水分は「水」は勿論のこと、お茶もよく飲みますし、紅茶・清涼飲料水・珈琲・煎茶など種類を問いません。もうなにせ、暇さえ有れば水分を口に含んでいるような感じです。

ちなみに、昔はそんなに水分を取ることも無かったんですけどね。恐らく、水分を欠かせなくなったのは大学生時代にタバコを吸い始めたのが原因だと思います。タバコって水分取らずに吸っていると喉がイガイガするし、何より缶コーヒーを飲みながら吸うタバコは格別なんです。そのせいで、とにかく「タバコを吸うときは水分!」「水分を取るならタバコ!」みたいな感じになってしまって・・・。

まるでパブロフの犬状態です・・・笑。

健康診断では頻尿でも問題ないと言われたが・・・

ちょっと話が脱線してしまいました。話を尿の問題に戻しますね。水分をめちゃくちゃ取るせいで、私は凄い頻尿なんです。自宅でくつろいでいる時は30分に1回程度トイレに行きます。

そのせいで、映画館とかで映画をみるのはかなり苦痛です。中央の席しか取れなかったら最後。周りの人が映画に夢中になっているのに、前を通してもらうのも申し訳ないじゃないですか。だから、こういう場合はその映画を見るのを止めたりしますw

本当、トイレが近いんですよね。コレで友人たちにどれだけ迷惑をかけたことか・・・。

で、いくら水分を沢山取っているからといっても、これはあまりにも頻尿すぎるんじゃないだろうか!?と思って、会社の健康診断の時にお医者さんに聞いてみたんですよ。

「これって何か異常じゃないの?」

って。そしたら、「それだけ水分取っているなら、それくらいトイレに行っても大丈夫なんじゃないですか?」という軽い一言で終わり。

まぁ、他の人も診察を受けないとダメなので時間的に仕方のない部分も有るのかもしれませんが、もうちょっと親身になって話を聞いてくれてもいいのになぁとって感じ。

なので、会社の近くにある泌尿器科で、以前同僚が診察して貰っていたというクリニックに行ってきました。(ちなみに会社は住吉区なんですけどね。なんか、住吉区の泌尿器科には行きにくくて・・・。)

こちら。

泌尿器科 後藤クリニック【大阪市住之江区】

親身に相談にのってくれるだけで有り難い

ここで、頻尿の話をしたら、まぁ解答としては健康診断の時の先生と同じ。

【水分をよく取るのであればトイレが近くなのは当たり前】

ただ、相談は色々乗ってもらえました。

どうすれば頻尿を解決できるのか?

⇒やっぱり必要以上に水分を取らないこと・そしてトイレに行きたくなってもすぐに行かず5分~10分程度我慢すること。恐らく私の場合は、少しでも尿意を感じたらトイレに行ってしまう事が習慣化したせいで膀胱が小さくなってるんだそうです。それを鍛えるためにもちょっとだけ我慢してみたら?

という事でした。ただ、我慢し過ぎると良くないので適度に鍛えろとのこと。

頻尿による弊害は?

尿は毒素を排出するので基本的には良い物。ただし、それが膀胱炎等他の病気の兆候になっている事は有る。

頻尿自体は日常生活で不便を感じていないのであれば問題ないが、他に異常を感じたらすぐに診察を受けに来ること。とのことでした。

まぁ、しかし他にもお客さんがいるのに20分位熱心に話をしてくれたりして、とても感じが良かったです。診察待ちのお客さんには申し訳ない事をしましたが・・・。

5月 27

視界がグルグルと回る耳の病気

6年程前に、朝起き上がろうとすると視界がグルグル回り立ち上がれなくなる事が有りました。何度目を開け直してもこの症状は改善せず、なんとか両親を呼び出し起こしてもらいました。

一日中気持ちが悪く、食事を摂ることも出来ません。歩くとまたグルグルと目が回り出し、うまく歩行も出来ません。休日だったので、病院には行かず一日ゆっくり横になって安静に過ごし経過をみることにしました。

視界がグルグル回る原因は耳の病気

グルグル

次の日、起き上がることがとても怖かったのですが、仕事もあるため起き上がろうとするとグルグルと視界が回り始めます。一向に症状が改善されないため、会社をお休みし病院へ行く事にしました。

かかりつけの病院は、循環器専門医でしたが頼りになる先生でしたので相談しました。症状をお話すると、まずは脳か耳系の精密検査を受けて下さいと言われ、症状が少しでも緩和される様にと投薬を受けました。

耳鼻科もかかりつけの病院がありましたので、すぐに向かいました。耳のレントゲンや並行感覚を調べる検査などを受け、「三半規管に髄液がたまり耳の感覚がおかしくなって目眩を起こしています」と診断されました。

病気の原因

病気の原因としては、ストレス疲れなどが多いとのことでした。確かに、プライベートに悩みもあり、仕事も忙しく残業続きで帰りが毎日遅かったのです。

もちろん投薬や通院もありましたが、早期緩和をするには、毎日の生活で守らなくてはいけないことがありました。

・規則正しい生活を送る
・大きい音を聞かない
・コーヒーを控える
・よくない方の耳を下にして寝ない など

数日会社をお休みし、これらの注意事項を守りながら薬でかなり症状は緩和しました。起き上がったり、無理のない程度に仕事をすることは出来るようになりましたが、長時間集中して下を向いて作業したりすると目眩を感じました。いつもの自分を取り戻すには約1ヶ月かかったと思います。

温泉

その後も、疲れると再発してしまい何度か治療を受けましたが、だんだんどのくらい疲れがたまると発症するのかわかってきたので、マッサージにいったり、血の巡りを良くしたり、温泉に行ったり、ストレッチを日課にしたところ2年間この病気にはなっていません。この経験により、自己管理の重要性を学ぶことができました。

4月 22

ぜんそくの私を一番に考えてくれた母に感謝

子供の頃、私は小児ぜんそくを患っていました。昼間は何故かぜんそくの症状が出ず、思いっきり遊んだりしていたのですが、夜になると一変します。「ヒーヒー、ゼーゼー」と気管支がなるのです。

母はそんな私の背中を夜通しさすってくれていました。明け方近くになってやっとウトウトし始めた頃には母はもういません。仕事に出かけたからです。朝早く出かけないといけないのに、母はいつも睡眠時間を削って、私の喘息の症状が治まった事を確認してから仕事に出かけるのです。目が覚めると誰もいない部屋で一人いるとなんだかとても寂しいのと、眠らずに働きに行った母への罪悪感で心がいっぱいになります。

母の職場はとても近くにあるのでお昼には帰ってくるのですが、いつも玄関からまっすぐ私の部屋に来てくれます。服を着替えたいはずですし、リビングのソファーで一休みしたいはずです。でも母は自分の事は二の次でいつも私の事を一番に考えてくれていました

母

そんなある日、ぜんそくの発作が治まらず、母におんぶしてもらって近所の診療所へいきました。診療所に着くといつもそのまま診察室へと向かうのは少し不思議な気持ちでした。普通は待合室で順番を待ちますよね。でもすぐ先生に診てもらい、注射を打ってお金を払って帰るのです。

その時母が少し多めのお金を払っているのを私は目撃しました。急病ということもあってすぐに診てもらえるようにといわゆるワイロ的なものを渡していたのです。今から40年くらい前の話なのでそういうことがOKな時代だったのかもしれません。ここでも母に迷惑をかけていることに気が付いてしまった私はやはり罪悪感でいっぱいでした。

辛い子供時代でしたが大人になるにつれてぜんそくも治まってきて今は丈夫な体になっています。母との思い出は少々辛い思い出が多いのですが、たくさん迷惑をかけた分、母の事は大事にしたいと思っています。お母さんありがとう。今度は私がお母さんのことを見てあげる番です。

4月 19

掌蹠膿庖症だと思って治療していたのに・・・結果は

実は、去年の夏に掌の皮がいきなり、ぼろぼろに剥けるという事態になり痒くて痒くて大変な思いをしました。
手のひら

1件目の病院の診断は「手湿疹」

まず、最初に行った皮膚科では、手湿疹と診断されました。その際に、洗剤を使う時には必ずゴム手袋をして、その下に綿の手袋をする様にと言われました。助言を忠実に守り、手袋をしていたのですが、一向に良くなる気配が有りません。

2件目の病院の診断は「掌蹠膿庖症」

そのため、今度は別の病院に行きました。すると、そこでは「掌蹠膿庖症(しょうせきのうほうしょう)」だと診断されました。掌蹠膿庖症といえば、奈美悦子さんが患った病気として有名ですね。秋田県の名医まで行ったとか・・・。

その診断を受けて「なぜ私がそんな難病にならないといけないのか?」と絶望的な気持ちになりました。そこのドクターは「私の所でも治せます。治療していきましょう。」と言い切るので、信用して通っていましたが、一向に良くなりません。

そのうち、首の付け根や腕の肘の内側、足の膝の裏がわまでもが赤くなりガサガサする様になり、全身がアトピーの様な症状になっていきました。毎晩毎晩、痒くて痒くて、夜も眠れない状態が続きました。

漢方

あるとき、友人に「症状が全部リンパに出てない?もしかしてステロイド飲んでる?」と聞かれました。そういえばと思い、思い切ってステロイドを塗ったり飲んだりするのをやめて、知り合いの漢方薬屋さんに相談しました。すると当帰飲子という漢方薬を出してくれました。それを飲んだら大体一週間くらいで鱗が落ちる様にスルスルと治っていきました。

結局、原因は「アレルギー」

その後、うっかりゴム手袋をしたら同じ様な症状が起きたので、色々調べてみると「ラテックスアレルギー」というゴムに被れるアレルギーだと言う事が判明。また、綿の手袋を濃縮洗剤で洗うともの凄い勢いで手の皮がぽろぽろ剥ける事も判明しました。

つまり、掌蹠膿庖症だと思って治療していたのは、単に強い洗剤とゴム手袋が原因だったのです。本当に遠回りしたな・・・。それから、洗剤と手袋に気をつける様になってからは、症状は出ていません。

3月 24

入院で家族の大切さを再認識

以前、卵巣腫瘍摘出手術のときに2週間程入院したことがあります。自分ではまったく気付かなかったのですが、あることが気がかりで、たまたま婦人科を受診したときに「手術が必要ですね」と突然言われ、思わず「え~っ、そんなつもりで今日は婦人科に来たんじゃないのに」とびっくりさせられたことがありました。

手術自体はそれほど大したことなく無事に終了したのですが、入院中、家族には本当に色々と迷惑をかけた事が思い起こされます。

家族の大切さ

いざ自分が入院してみると、何よりも気掛かりだったのは自分の体や手術のことではなく、放ったらかしにしてきた家庭のことでした。

入院中は時間がいっぱいあるので、「あ~、どうしよう。きちんと子供は栄養のあるものを食べているのだろうか」とか、「家の中が散らかりすぎたり、換気されていなくてカビだらけになっているのではないだろうか」と余計なことばかりが頭に浮かんでくるのです。嫌ですね。

しかし、こんなくだらない思いでいっぱいだった私に対して、夫はとても心強い存在でした。ちょうど私が入院していたとき、夫は毎日のように残業で大変な時期でした。それにもかかわらず、毎日必ず病院に顔を出してくれ、私を安心させてくれたのです。家事や育児はすべて夫任せでしたが、私が入院で留守中、夫は子供にもきちんと家事手伝いをさせて家庭運営をしてくれていたのです。

家族の支え

ふとある瞬間、私はこんなことを思いました。「やっぱり家族ってありがたい存在だなぁ。人間って、やっぱりお互い助け合わないとうまく生きていけないんだなぁ」と。身の回りのことはもちろんですが、それ以上に精神的支えがどれだけ大きいか、ということを私は家族愛を通して知りました。

病院の同室には、誰も訪問客が来ない患者さんがいたことを覚えています。今思い返すだけで胸が痛くなります。私は、この入院生活を通して人との関係が、家族との関係が、いかに大切かということを教えられた気がするのです。貴重な入院体験でした。

3月 10

妊娠早々インフルエンザ…

インフルエンザが今年も大流行しています。私は子供の頃から特に予防に力を入れていたわけでもなく、マスクなしで普通に生活していたのにも関わらず一度もかかったことがなかったので、体質的にインフルエンザにはなりにくいのかな?なんて軽いことを考えていました。

でもインフルエンザは体質どうこうというほど甘くないですね…。妊娠初期でつわりも始まり体力的に弱っていた頃に、見事に人生初のインフルエンザになってしまいました。

妊娠初期にインフルエンザに

発熱

その頃は会社勤めをしていたのですが、朝は元気だったのに昼過ぎから急に体調が悪くなり早退。明らかにいつもの風邪とは違う感じで、どうやって電車に乗って帰ったのかよく覚えていないぐらい朦朧としていました。その日は早めに寝て、翌日病院へ。

相変わらず高熱でボーっとしていましたが、なぜか「病院に行く前にシャワー浴びなきゃ」と思い、ツライ体にムチ打ってシャワーを浴びたのですが、これが大失敗でした。余計体力を使ってしまったのか、体調の悪さが倍増…。ヘロヘロになりながらかかりつけの産婦人科に行きました。産婦人科も隣の駅にあり、今考えるとタクシーを使えば良かったのですが、なにせ頭が働かず普通に駅まで歩いて電車に乗って行きました。まっすぐ歩けている気がしないほどのフラフラ状態でした。

病院についてすぐ検査をしてもらうとあっさり「あ?インフルエンザだね。」と言われ、ビックリしたのを覚えています。だいぶ辛かったけどただの風邪だと信じこんでいたので、インフルエンザと言われてもピンとこず、何をどうしていいやらわかりませんでした。しかも妊娠初期。赤ちゃんの脳や体が形成され始める大事な時期で、普通はその時期に薬を飲むことは勧められません。お医者さんも迷った選択だったのかもしれませんが、熱が高い状態が続くと赤ちゃんが危険と判断され、タミフルを処方されました。

Pregnancy

産婦人科の隣の薬局で処方箋を見せると、薬剤師さんに「妊娠されているんですよね?タミフルですか?」と心配そうに聞かれてしまいました。いや、むしろこっちが聞きたい。(笑) しかもちょうどタミフルがメディアで取り上げられている時期で(異常行動など)、私自信もだいぶ不安でした。

でも飲むしかないので祈るようにタミフルを飲んで安静にし、数日後再度病院を訪れました。その頃には熱も下がっていたので体は楽になりましたが、お腹の赤ちゃんは大丈夫なんだろうか?流産してないかな?薬飲んじゃったから奇形とかになったりしないとかな?と頭は不安と心配でいっぱいでした。

先生の「赤ちゃん、大丈夫ですよ。強い子だね。今回の薬で例えば奇形になるとか、そういう危険性はほぼないです。」と言われて体中の力が抜けるほどほっとしました。

そんなわが子も今は元気すぎるぐらい元気にスクスク成長中です。ちなみにわが子もまだ一度もインフルエンザにはかかったことがありません。このまま強くたくましく育ってほしいと思います。

2月 22

ストレス性急性胃炎で1週間入院しました

私は体が丈夫な方なので、風邪は滅多に引きません。もし引いたとしても、市販の風邪薬を飲んで1日寝ていれば、翌日にはすっかり治っています。ですからなかなか進行するまで病気に気づけなかったのか、ある時病院へ入院する程、大きな病気を患ってしまいました。

【ストレス性急性胃炎】原因は仕事の疲れ?!

その病気は「ストレス性急性胃炎」です。当時、私は仕事とその人間関係に追われ、1ヶ月に1、2日しか休みのない日々を半年も送っていました。

胃炎

最初の体調異変は胃痛で、朝起きた時や食後に胃がキリキリと痛むのです。突然激しくお腹を下す事もあったのですが、「ちょっと食あたりを起こしただけか」と放っていました。

それが何か月も続き、おかしいなと思って病院で診察してもらって、ストレス性急性胃炎と診断されたのでした。

病院へ行った時は意識も若干朦朧としていて、すぐに1週間の入院を余儀なくされました。どうやら下痢により脱水症状が起きていたり、自律神経が乱れていたので、入院によって体調を戻す事を優先されたのです。

仕事を1週間も休めないかもしれないと思ったのですが、診断書を見せるとあっさり休めてよかったです。病院の先生も「無理そうなら上司の方に、私からも症状の説明をしますから」と言ってもらえて大変心強かったです。

入院生活

入院の際には大部屋に入ったのですが、ベッドはあまり埋まっていなくて快適に過ごせました。病院食は味が薄いなと思ったのですが、それまでずっと忙しいからとコンビニ弁当ばかりだったので、バランスの良い食事が摂れたおかげで痩せました。

病室

入院初日~3日目までは胃が痛くて眠れない日もありました。でも看護師さんがこうしたら寝やすいですよとアドバイスをくれたり、ここは病院だから何かあっても大丈夫という言葉をかけてくれて、安心したのです。

1週間入院して、胃痛は治りました。体調もすっかりと良くなって、あのまま入院していなければもっと酷い状態だっただろうと思います。

自分は大丈夫だからと病院へ行かない、というのは危険だなと思いました。これからは何か気になる事があれば、病院で診察してもらう事が大切だと感じます。

2月 10

病気になると、何より家族の支えが必要

会社の健康診断で首のあたりが腫れているから病院に行くように言われました。そこから、何度も検査を重ねて「甲状腺乳頭ガン」が発覚しました。

ただ、主治医には「良性の腫瘍なので経過観察していきましょう」と言われました。しかし、腫れも大きくなり美容のために切開することを決意。美容の為の手術とはいえ、切除した腫瘍は病理検査に回されます。

なんと病理検査の結果は「悪性の腫瘍」だったのです。良性の腫瘍だと思い込んでいた先生が一番驚き、当然私もまさかの告知にショックを隠せませんでした。

その帰り道はどんな風に帰ったか覚えていません。でも、初めからガンと知って手術を受けていたら、私の精神状態は不安定で、色々なことが効率悪かったように思います。実際、同じ病室の新婚さん風の奥さんは、手術前の点滴すら泣いてできず、体が拒否反応。小さい子供のように泣き、旦那さんが遅くまで付き添っていました。もし、事前に告知されていたら私も同じようになっていたかもしれません。

病気には家族の支えが必要

家族の支え

子供が小さかったので、私の入院中は周りに大変苦労をかけました。昼間はお互いの両親に交代で子供を預かってもらい、夜になると旦那が自宅に連れて帰ります。また朝になると両親の家へ送ります。その繰り返しです。夜眠る時の「ぐずり泣き」が大変だったようです。もともとママじゃないとダメな子だったので、相当の苦労があったと思います。

手術後も苦労が続きました。しばらくは、重いものは持ってはいけないと言われていましたが、退院した日、泣きぐずる息子とあやし疲れて困っている父を見てられず、知らぬ間に抱き上げていました。

病気になると、イヤでも強くなるものですね。それから、私は色んな病気のハンデと闘いながら育児を頑張っています。

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