子供が旅行直前に中耳炎に・・・

地方に在住しております私の家族ですので、数年に1回行かせていただけるかどうかという、東京への旅行の時の出来事です。

その頃、子供が幼稚園に通っておりましたので、何とかしてディズニーランドに遊びに連れていこうと計画を立てていました。きっと、楽しくなるに違いない!と胸をワクワクさせていました。

旅行代理店に行って、宿泊ホテルや飛行機も予約し、あとは2泊3日のディズニーランド旅行への出発日を待つだけです。そんな矢先の事でした。

中耳炎にかかった子供

旅行の2日ほど前だったと記憶させていただいていますが、子供が「耳がおかしい」と言いはじめたのです。念のために近隣の耳鼻科に連れていきました。診断結果は中耳炎。手当をしていただき薬もいただきました。

先生に「旅行を予定しているのですが大丈夫でしょうか?」と伺うと、先生から「もしかして飛行機に乗られますか?」と尋ねられました。「乗ります。」と答えると、気圧の変化を心配されて、耳に再度、手当てをしていただきました。

この手当てが大変痛かったらしく、子供は我慢しきれずに泣いていました。先生から「数日間、耳から膿が出ますので綿で吸い取ってください。」と説明を受け、耳に綿を詰めた状態で飛行機に乗り、ディズニーリゾートに何とか行かせていただくことができました。

普通ならとても楽しめる夢の国ディズニーリゾートですが、子供の耳が心配になり、半分楽しんで半分心配してという旅行になってしまいました。それでも、子供はスプラッシュマウンテンなどに乗り、楽しんでいる様子でしたので、良かったと思っています。

ただ旅行から帰って、自宅で旅行の時の写真を見ると、子供の耳に綿が入っているのが写っており、かわいそうだったなと・・・。つくづくと健康第一と言う言葉を実感させていただいた時でした。

今度は旅行前から旅行後まで思う存分楽しめるように、健康な時にディズニーランドに連れていってやろうと思います。親の私も楽しみたいですからね。

突然のめまい~良性発作性頭位めまい症~

私が社会人になって半年ほどすぎた頃のことです。

朝、目が覚めてベッドから起き上がろうとすると、突然激しいめまいに襲われました。天井、いや世界がすべてぐるぐると回っている感じのめまいです。めまいと同時にひどい吐き気も起こりました。

めまいと吐き気、それと動悸で私は再びベッドに横になりました。

めまいを起こしている女性

一体何が起きたのかよく分かりません。

ゆっくりと体を起こし何とか立ち上がると、やっとの思いで簡単な朝食を食べ、身支度を済ませると出社しました。

一度起き上がってしまえばめまいは治まったものの、頭を動かせば、また激しいめまいが起こります。職場の机の引き出しの中から書類を出そうとする動きだけで、周囲がぐるぐると回り出すのです。

なんとか仕事はこなせていたものの、私の様子がおかしいことに上司が気づき、その日は早退することになりました。

早退し、とりあえず病院に行かなければと思ったのですが、一体何科に行けば良いのか分かりません。ネットで「めまい 病院」と検索すると、職場の近くにめまい専門の病院があることが分かったので、電話で予約を入れて病院へ向かいました。

病院に到着して、受付で渡された問診票に記入して待つこと数分。名前を呼ばれたので診察室に入りました。

そこにいたの高齢の男性の医師から、なにやらスキーのゴーグルのようなものを渡され、装着するように言われます。重たいゴーグルを着けると、医師は私の頭をグラグラと揺らしました。さらに回転する丸椅子に座らされ、ぐるぐると椅子を回したのです。

この時の私がめまいで吐きそうになっていたのは言うまでもありません。ゴーグルを外すと医師から病名を告げられました。

良性発作性頭位めまい症

耳の中にある石が剥がれて平衡感覚がおかしくなっている病気だそう。

脳に問題があるわけではないと言われて、私は少しホッとしました。

しかしこの病気、根本的な治療法や特効薬がないそう。症状が出たら体を動かして、めまいに慣れていくしかないんだとか。そのため、私はしばらくの間ヘロヘロになりながらめまいに耐える生活を送ることになりました。

人生で最も苦しかった食中毒による「腸炎」の記録

私はもともと腸がよくありません。慢性的な便秘で1週間お通じがないこともしばしば。そんなわけで、お腹がゆるくなっても、むしろ有り難いといった感じでさほど気にしていませんでした。

しかし、一昨年にかかった「腸炎」ではかなり苦しい思いをしました。

腸炎の症状

まず下痢の症状が出始めました。この時点では特に気にしなかったのですが、次第に酷い悪寒を感じ始めます。夏だというのに・・・。暖房を30度にして毛布に包まっても寒く、震えが止まりませんでした。インフルエンザにかかったことは何度かありますが、その比ではありません。

布団に入り、なんとか眠ったのですが、数時間眠ると腹痛で目が覚め、トイレに駆け込みました。酷い水下痢です。それからはベッドとトイレを5~10分置きに往復。そんなことをなんと丸2日も繰り返しました。熱も上がっているようで頭がまともに回転せず、脱水症状で肌はささくれだらけ。何も口にしていないのに下痢だけは永遠と続きます。

腹痛

腹痛は酷くなるばかりでとうとうまずいと感じ、自分で救急車を呼びました。仰向けで寝ていると腹痛はまだマシなのですが、少しでも動き、腸が圧迫されるとお腹に激痛が走るため、身動きが取れません。そのため、救急隊員が担架で私を運んでくれます。自宅に体温計がなかったため、救急車で初めて体温を計りました。なんと40度

その後病院に搬送され、腸の検査をしたところ、ほとんど破裂しそうなくらいに腸が腫れているということが分かりました。朦朧とする意識の中、生魚や生肉を食べたかとイケメンのお医者様(これだけははっきりと覚えている)に聞かれましたが思い当たることもなく首を振り、こうなった原因は不明。

約1周間の入院

その後入院することになり、点滴で水と痛み止めと抗生剤を延々と打たれます。痛み止めは何の効果も発揮せず、相変わらずお腹の痛みに呻き苦しみました。

病室

夜中、全く眠れず、ベッドで痛みに耐えていたところ、看護婦さんが来て、私に「眠れないの?」と尋ねました。私が頷くと、「痛いの?」と再び尋ね、私が首を縦に振るのを見、「痛い時は我慢しなくていいんだからね」と言って痛み止めを強いものに変えてくれました。看護婦さんが天使に見えました。

その後、緊急病棟から一般病棟に移動し、点滴を打たれながらトイレとベッドを往復しつつ痛みに耐えていました。骨折で入院している女子高生達も同室だったため、ワイワイガヤガヤ喧しく、恨めしかったのをよく覚えています。

結果、3日間絶食で過ごし、4日目にようやく痛みと熱がなくなりました。4日目の昼、どろどろした吐瀉物のような入院食が出され、久しぶりに食べ物を口にしました。とても美味しく感じました。

退院したのは5日目です。全快とはいきませんが、痛みなしに歩けるようになりました。ただ下痢はまだまだ続きます。

検便の結果、病名は食中毒による腸炎でした。某有名焼き鳥チェーン店で食べた298円の「きも」が原因だったようです。一緒に食事へ行った友人も、入院するまではいきませんでしたが、やはり私と同じ時期に同じ症状で苦しんでいたそうです。こんなに苦しい思いをしたのは人生で初めてでした。

死ぬほどの痛みを感じた「虫垂炎」

私は小学6年生のときに、虫垂炎という病気を経験しました。当時は子供でしたし、親から盲腸だと説明されても全くピンと来ず、ただただ痛みと闘うことで精いっぱいでした。

痛みが私を襲ったのは、友人宅で勉強会をし、帰宅するため友人宅を出たときです。胃が痛いような、みぞおちが痛いような、兎にも角にも経験したことのない痛みでした。

虫垂炎で痛がる子供

とうとう私は歩くことが出来ず、友人たちがそれを察し両親に連絡してくれたのか、救急病院に急行しました。

痛みと倦怠感、気持ち悪さから待合室で泣き喚いたことをうっすら思い出します。吐き気がする、吐き出してしまいたい、そんな苦しさから水を大量に飲むも治まることはなく、過呼吸を併発しました。気が遠くなり、死んでしまうのではないかと思ったほどでした。

その日は休日で救急も混雑していたからか、順番が回ってきたのは1時間以上あとでした。

そして、応急処置として点滴をしようとするも、先の大量に摂った水のせいで血管が見つからないというちょっとしたハプニングがありました。

幸い、慢性虫垂炎ということでそれ以上重くなることがなく、1週間程度の入院で事無きを得ました。

入院している子供

1週間の入院生活はご想像通りの退屈な日常でした。ただそれ以上に家族が側にいない事の方がツラかったかもしれません。所詮小学生ですから親にはそばにいてほしいと思うものです。

言葉でも伝えられていませんが、仕事帰りに寄ってくれる父親の存在が非常に大きかったです。何かを言うわけでもないですが、ただひょっこり来て「よっ」という言葉が退屈な日々を過ごす私の時間を進めてくれていたように思います。強がって「もう帰って!」などと言ったこともありましたが、やはり子供です。父親が帰ったあと、大粒の涙をひとりベッドで流しました。

恐らく父親はこのことも当時のことも記憶にないと思いますが。

経験した事の無い痛みと共に家族の大切さを痛感できた虫垂炎でした。そう考えると、死ぬほどの痛みを感じる価値は有ったのかもしれませんね。

脇の下にできた大きなシミ

シミ“といえば顔にできるモノと思っている人は多いかもしれませんが、顔以外にもできることがあります。実際に私の体にも大きなシミができた事があります。

いつできたのかはわからないのですが、1年以内であることは確かです。夏のある日、わきの下の手入れをしようとした時に、そのことに気が付きました。

脇の下にできた大きなシミ

まずシミのサイズですが巨大です。直径にしておおよそ10センチぐらい・・・。顔にできていたらショック死するレベルです。

形状はシミというよりは打撲のような感じですが、色や皮膚の変化などはまさにシミそのものなんです。

脇を気にする女性

そして、そのシミができた場所は「脇の下」です。どこかに誤ってぶつける場所ではないため、何らかの理由でできてしまったと思われます。

ひとつ心当たりがあり、私は関節リウマチを発症してから1年間くらいの間、片方の腕が上に伸ばせず横にも広げられない状態になっていました。かといってしっかり脇を閉じる事もできず、半開きのまま固まってしまった貝のような状態だったのです。

幸い投薬で薬の効き目が出てくると、もう上がることはないように思えていた手があげられるようになり、通常の生活に戻りましたが、ここ数年再発して悪化してきたため、薬の種類を変え量を増やしていたところでした。

おそらくそうした事が原因でなんらかの異変がシミとなって表れたのかと思います。

もう1つ考えられるのは、リウマチの薬です。リウマチはなかなか寛解する病気ではないので、ずっと薬を服用し続けていました。その薬の副作用も原因の1つではないのかなと考えています。良く効く薬なのですが、やはり不自然なことも多いのでしょう。

原因はなんであれ出来てしまったものは仕方ありません。ただ大きさも大きさですから、ホワイトニングやハイチオールCどころのレベルではありません。肌だけではなく、気持ちまで黒く染められている気分です。鏡を見ながら、自分がなんだか傷んだ果物みたいで嫌だと思ってしまいました。

インフルエンザになったときの思い出

今年初め、インフルエンザ(A型)にかかりました。

自転車通勤をしているのですが、帰宅中にちょっと体がふらつく感じがしました。その日は何とか帰宅しましたが、翌朝、起きた時に体が重く感じ、鼻水・咳が止まらない状況だったのでかかりつけ医に行きました。

インフルエンザA型

そしてインフルエンザと診断されました。お医者さんからは「最低5日間、会社での勤務を禁止します。その後については5日後にまた診断を受けてもらい、それから決めます。なお、できる限り他人とは接触しないでください」と言われました。

それまでインフルエンザにかかったことがなかったので、すごくショックを受けましたが、お医者さんからの指示なので仕方無いと割り切ることにしました。

早速、会社に連絡し、休暇申請を行いました。生憎、仕事が忙しい時期だったので、他のメンバーには申し訳無い気持ちで一杯になりました。メンバーからは「大丈夫、しっかり休んでください。」と言ってもらえてちょっとだけ気が楽になりました。

寝込んでいる男子

病院から自宅に帰る途中は、「他人と接触しないように」というお医者さんの言葉が思い出され、自分がばい菌になった感じさえしてしまいました。自宅に戻り、自室に布団を敷きました。家族にはラインで病状を伝えました。メールのチェックくらいはしよう、と思いましたが、どうも体が重くて少しパソコンの前にいてはすぐ寝床に入る、という感じでした。

夕方になり家族が帰ってきましたが、私の部屋のドアを少し開けて「大丈夫?」と言ってきました。その後、食事は妻がマスクをして部屋まで持ってくる感じでした。一人で食べる食事は味気ないものでしたが、家族に感染しては大問題なので我慢しました。子供がたまにドア越しにその日の出来事を語ってくれた時は何とも嬉しくなりました。

体調はその後、徐々に回復し、5日後にはほぼ完璧、という感じになり、病院に行くと「出社OK」となりました。翌日から職場にはマスクをし出社しました。仕事はほぼ問題無く出来ていて、一人くらいいなくても何とかなるもんだな、とちょっと寂しさを感じるとともに、再度、自分のポジションを獲得するために頑張らなくては、と身の引き締まる感じがしました。

私が肺炎になったときのことについて

私が肺炎にかかったのは中学生のときでした。冬休みのため学校が休みだったので外出しようと思い、家族と出かけていたときにいつもより呼吸がしづらいと感じるようになってきたのです。当然、その瞬間に肺炎だと気付くこともなく、ただただ体調が悪いのかもしれないと思うだけでした。

しかし、時間が経つにつれて良くなるどころか悪化していき、少し歩くだけでも膝に手をつかないといけないくらいに呼吸をすることが難しくなり、同時に頭痛を伴ってきたのです。その時、このままではまずいと思い、家族と一緒に病院へ直接向かうことになり、そこで肺炎と診断され私の中では残りの冬休みは絶対に遊べないだろうと感じたことを今でも覚えています。

薬

不幸中の幸いだったのが、肺炎ではありましたが入院が必要になるほどのひどいものではなく、1週間程度安静にすることを条件に薬を頂いて家に帰ることができたということです。幼い頃に違う病気で入院したことがあり、その時の寂しさを微かに覚えていたこともあり安堵していました。

2週間程度の冬休みの中で肺炎になり、1週間以上の安静が必要になった私は当然ながら友達と遊ぶわけにもいかず、家でひたすらゆっくりとしていました。薬のおかげで4日ほどでかなり症状は軽くなりましたが、外に出ることができるわけもなく寂しい冬休みを過ごしたことが大人になっても忘れられないです。

寝込んでいる男子

中学生の私がその時に感じていたのは、早く元気になって遊び回りたいということでした。携帯電話を片手に友達からの遊びの誘いメールを断ることしかできなかったのが相当悲しかったんだと今では思います。その後、すっかりと元気になった私は寝込んでいたときの時間を取り戻すかのように友達と大いに遊び周り、元気で いられることの喜びを自然と感じていました。

今でも当時のことをしっかりと覚えているほどにしんどかったのだと思うのですが、健康である事が幸せなことだとも思えたので、それだけは良かったのかもしれない思っています。

脱臼骨折した時の話

大学入学したての頃の話ですが、ゴールデンウィークに仲間内で川越の河原でソフトボール大会があるので参加して欲しいと言われて、人数合わせで参加する事にしました。

自分は野球経験はあまりなかったのですが、何故かレフトにあてられ、ボールがバンバン飛んでくるポジションになってしまいました。

野球の試合中に転んで脱臼

そんな二試合目の一回裏の話で、相手チームのバッターが打ち上げたボールが自分の方まで飛んできました。

自分は必死でボールを追いかけていたら、ちょうど膝下ぐらいの高さにロープが張ってあり、それに引っかかって転んでしまいました。

その時左腕に鈍い音がして、あーこれヤバイと自分では思っていましたが、周りの人間は自分の転び方がとても可笑しかったのか笑い転げていました。

腕を脱臼

起き上がって自分の左腕を見てみるといつものぐらいの太さになっており、見た目で脱臼して外れているのが一発でわかりました。

太くなった左腕をプランプランさせながら皆の方へ戻ると、周りの人間も徐々に気づいたのか大騒ぎになっていきました。

すぐに救急車を呼んでもらい、待っている間にアイシングやらよくわからない痛み止め(後で聞いたら腱鞘炎の薬でしたが・・・)を飲ませてもらったりしました。

ものすごい激痛の中、やっと救急車がたどり着き最寄りの病院に運ばれましたが、近くの救急病院がいっぱいということもあり違う病院へと回される事になりました。

そして病院に着いたはいいものの、命に関わる緊急性がないという事から普通に診察室の前のイスに座らされ、痛み止めももらえずに激痛をただひたすら待つという地獄のような時間を過ごしました。

何とか歯を食いしばり激痛に耐えながらようやく診察室に自分が呼ばれ、整形外科の医者の先生に診てもらう事が出来、脱臼した腕をはめてもらいその日は家に帰りました。

剥離骨折と判明し結局手術をする事に

骨折した男性

後日経過を診てもらいに病院へ行くとまた脱臼している事が発覚し、麻酔もないまま痛みに耐えてまたはめてもらいました。

さらに一週間後に病院へ行った際、また脱臼していると診断され、もっと詳細に調べてもらうと関節についてる靭帯が剥離骨折していた為、何度はめても外れてしまう事が発覚しました。

3度目の正直で腕の手術をしてもらい、やっと腕にはまりましたが、その後もリハビリが大変でもうこの病院には来たくないと思いました。

謎の腹痛でブラック患者扱い!?

腹痛で苦しそうな女性

わたしはよくお腹の激痛を訴え、昼夜関係なく、病院に何度も駆け込んだことがあります。痛みが強い時には、救急車を呼ぶこともありました。妊婦でもないのに、スイカのようにお腹が膨らみ、パンパンに張ってしまうのです。

そのまま入院する事もあり、入院と絶食となる事もしばしば・・・。婦人科や内科の検査をして、異常なければ院という運びが多かったです。症状が軽ければ、胃腸のけいれん止めらしい薬剤を入れた点滴だけで済むこともありました。

どの病院でも腹痛の原因は不明

診断

こういった状況が頻繁に起こったので、どこの病院にいっても「原因不明」と言われ、ただ「痛がっている人」という扱いを受けました。

たまに「軽い腸閉塞」と診断してくれる先生もいましたが、根本的な原因だけは分かりませんでした。

この状況が嫌でいくつかの病院で診察を受けましたが、どこも「原因は分からない」とのこと・・・。

自分なりに原因を究明しようと色々調べてみると、

「元々便秘体質である事」
「便秘を引き起こしやすい向精神薬を飲んでいる事」

これらに加えて、何かしらの症状が重なり、謎の腹痛が発生しているのでは?と思うようになりました。ただ結局の所、原因は不明です。

それでも原因の1つと予想される便秘にならないよう、漢方薬を飲むなどの努力はしました。そのおかげか、以前よりもお腹が痛くなる回数は減りました。

病院の対応がかなり雑に・・・

医者の診断

しかし、回数が減っただけで痛い時は痛いのです。そんな時はやっぱり病院へ行くのですが、最近はさっさと帰宅させられることが多くなりました。痛みがあるにもかかわらずです。

よくはわかりませんが、なんとなくカルテに「ブラック患者」と記載されているかのようでした。

私としては、ただ「家では安静にして、消化のいいものを食べるようにしましょう」と言ってくれるだけでも安心できるのですが・・・。患者の顔を見ず「なんもないから帰宅してください」は、少し配慮にかけていると思います。気をつけていても、痛くなる時は痛くなるのです。

今後は病院を当てにするのではなく、食べる量を腹8分目に抑えたり、漢方薬を利用するなど、自分自身で気をつけていきたいと思っています。

ノロウィルスと胃腸炎のダブルパンチ

私の中で二度とかかりたくない病気があります。それはノロウイルスによる胃腸炎です!あんなにひどい思いをするのは生まれて初めてで、トラウマになりそうなほどの嫌な記憶です。

その年の冬は、ノロウイルスが大流行している年でした。インフルエンザや風邪は聞いた事があったのですが、ノロウイルスによる胃腸炎の流行なんてあまり聞いた事がなく、最近になって発見されたのかなぁ程度の知識で、予防を徹底するなんて事もせずに過ごしていました。

病気になった子供

ある日、小学1年生だった息子が夜中に気持ち悪い!と言い出し、トイレで吐いてしまいました。ちょっと楽になったようだったので様子を見ていたのですが、30分おきに吐いてしまうような状態になってしまい、ちょっと焦ってしまいました。脱水症状になったら大変だと思って水分を取らせてもすぐに吐いてしまうので、心配しながら一晩過ごしました。

朝方には、ようやく吐かなくなったのですが、今度はひどい下痢に。トイレに行くのが間に合わないほどの激しい下痢だったので、オムツを履かせて病院に連れて行ったのですが、診察を受けたらすぐにノロウイルスによる胃腸炎だと言われ、学校もしばらく休む事になりました。12月の末だったのでそのまま冬休みに入ってしまうような状態でした。

トイレ

その後、主人と私にも感染。お義父さんと祖父にも感染が広がってしまい、祖父はひどい脱水で入院する事になってしまいました。家族みんなで吐くか下痢しているかでトイレに代わる代わるこもっていて、ぐったりしていてひどい有様でした。

毎年、クリスマスは我が家ではご馳走を沢山作ってみんなでパーティーをするのですが、その年はそれどころではありませんでした。ようやく症状がおさまってからも、しばらく食欲が回復する事はなく、みんな2,3キロ痩せてしまっていました。風邪もインフルエンザも大変な病気だと思いますが、我が家では冬にかかりたくない病気はノロウイルスによる胃腸炎がダントツで1番です。

リウマチとインフルエンザ

今年の「インフルエンザ」の勢いは物凄かったです。

私は関節リウマチを患っているため、普段から免疫力を抑制する薬を飲んでいます。なので、風邪をひかないように真夏でも長袖長ズボンやハイソックスを着用し、汗ダラダラになりながら頑張ってきました。

しかし、今年のインフルの流行にはひとたまりもなく、あっという間にかかっていました。少し薄着だった日に喉が僅かに痛くなったと思っていたら、その後2か月近くも苦しむことになってしまいました。

インフルの検査は陰性だが・・・

これまで手術はありましたが、風邪では20年近く受診していなかったため、自宅近くの病院の診察券の日付を見たら平成12年でした。

病院に行くと、検査で反応がB型ですと言われている人やゴロゴロ痰が絡むような咳をしている人だらけで、かえって悪化するのでは?と思ってしまうような有様でした。

インフルエンザの検査

診察の順番が回ってきたインフルの検査を受けましたが、陽性反応は検出されませんでした。

しかし、咳や痰が酷く長く続くため数週間病院に通い、処方箋を受けているうちに、抗生物質で舌がボロボロとなり、食べているものが砂を噛むような感じにまでなってきました。

おまけに激しくせき込み続けたため、眠れず、脇腹まで痛く咳やくしゃみも苦痛となってきました。

この症状を告げても、周囲の患者さんの方が重い人が多く、私くらいではもう終了という感じです。私もこれ以上薬を飲み続けると、かえって体に良くない感じがしていたため、病院へ通うのは終わりにしました。

リウマチで通院している人は油断禁物

その後リウマチの専門医に脇腹の症状を告げると、疲労骨折だな~とつぶやいていましたが、案の定強く訴えなかったので処方はありませんでした。

Webで症状をチェックしていたため、咳による肋骨の疲労骨折(ヒビ)には、自力で傷むあたりに湿布を貼るしか手立てがないことは知っていました。

しかし、もうその頃には花粉症の症状が混ざり始めており、もはや風邪なのかインフルなのか気管支炎なのか花粉症なのか、わからないほどグチャグチャな状態になっていました。

私自身、免疫力が低下している事も知っており、気をつけていたつもりだったのですが、油断したところがあったのかもしれません。

リウマチで通院している人は、油断せず、風邪対策を講じていくようにしてくださいね。特にインフルエンザが流行る時期は注意しましょう。

大型連休中に人生初の強烈な腹痛!病院探しが大変だった

私は46歳の独身男性です。両親はすでに他界し、兄はいるものの別世帯なので一人暮らしをしています。一人暮らしで怖い物の1つが病気です。誰も看病してくれる人が側にいませんからね。

今まで風邪やインフルエンザ等のよくかかる病気は経験していたものの、腹痛はありませんでした。脂っこいものを食べると腹痛・胃もたれを発症する方っていますけど、私はまったくそういうのがありません。タフな胃腸の持ち主だったのです。

まさかそんな私が腹痛に苦しむ時がやってくるとは思ってもみませんでした。

夜中に突然の腹痛が襲来

あれは今から8年前の事です。GW(ゴールデンウィーク)に当時交際中たった彼女と外食に出掛けた日の事です。

外食はハンバーグ。その帰宅途中に雑貨屋さんに立ち寄り、海外産のお菓子を購入しました。

ただそのお菓子が良くなかったんです。味は激辛、しかもその大半を私一人で食べてしまったんです。

お腹の激痛

彼女は夜23時頃に自宅に戻り、私一人になりました。特に体調不良もなく眠りについてると、急な腹痛で目覚めます。

強烈にお腹が痛むんです。下痢の痛みとはまた違い、鳩尾周辺が強烈に痛みます。

ここまでの痛みは今まで経験したことはありませんし、もしかしてこのまま私は死ぬのか、もしくはヤバイ内臓系の病気にかかっていたのかと心底あせりました。

しばらく時間が経過すれば痛みは治まるかな・・・と思ってじっとしてましたが、全く治まりません。ただ30分ほど経過すると痛みを感じるものの、激痛というほどではなくなり病院へ行こうと決意しました。

連休中はどの病院もお休み・・・

休診

しかし時間は午前3時、さらにGW真っ最中です。こんな時間に空いてる病院なんてありません。しかもこのまま痛みに耐え抜いて翌朝になっても、翌日は日曜日なので病院は休診中。明日耐え抜いて月曜になってもGWで休日、つまり明々後日まで病院で診てもらうことは出来ないんです。

さすがにこのまま耐え切るのは不可能だと思い、救急医療情報センターへ電話しました。救急車も考えましたが、出来るだけ自分で解決したかったんですよね。

車で10分ぐらいの距離に夜間・休日応急診療センターがあることを電話で教えてもらい、そのままの足で病院まで向かいました。

残念ながら病院には専門医はおらず、いたのは新人っぽい30歳前後のお医者様。聴診器で簡単な検査後に胃薬と痛み止めを処方してもらいました。この薬が効いたのか、30分後には痛みは止んでなんとか眠れました。

彼女には何も異常はなかったので、私一人で食べた辛い系のお菓子が原因だったのかなと納得しました。ただ、この腹痛を起こしてから胃腸が弱くなり、胃腸薬を携帯しなければならないほど弱い胃腸となり現在も苦しんでいます。