7月 20

謎の腹痛でブラック患者扱い!?

腹痛で苦しそうな女性

わたしはよくお腹の激痛を訴え、昼夜関係なく、病院に何度も駆け込んだことがあります。痛みが強い時には、救急車を呼ぶこともありました。妊婦でもないのに、スイカのようにお腹が膨らみ、パンパンに張ってしまうのです。

そのまま入院する事もあり、入院と絶食となる事もしばしば・・・。婦人科や内科の検査をして、異常なければ院という運びが多かったです。症状が軽ければ、胃腸のけいれん止めらしい薬剤を入れた点滴だけで済むこともありました。

どの病院でも腹痛の原因は不明

診断

こういった状況が頻繁に起こったので、どこの病院にいっても「原因不明」と言われ、ただ「痛がっている人」という扱いを受けました。

たまに「軽い腸閉塞」と診断してくれる先生もいましたが、根本的な原因だけは分かりませんでした。

この状況が嫌でいくつかの病院で診察を受けましたが、どこも「原因は分からない」とのこと・・・。

自分なりに原因を究明しようと色々調べてみると、

「元々便秘体質である事」
「便秘を引き起こしやすい向精神薬を飲んでいる事」

これらに加えて、何かしらの症状が重なり、謎の腹痛が発生しているのでは?と思うようになりました。ただ結局の所、原因は不明です。

それでも原因の1つと予想される便秘にならないよう、漢方薬を飲むなどの努力はしました。そのおかげか、以前よりもお腹が痛くなる回数は減りました。

病院の対応がかなり雑に・・・

医者の診断

しかし、回数が減っただけで痛い時は痛いのです。そんな時はやっぱり病院へ行くのですが、最近はさっさと帰宅させられることが多くなりました。痛みがあるにもかかわらずです。

よくはわかりませんが、なんとなくカルテに「ブラック患者」と記載されているかのようでした。

私としては、ただ「家では安静にして、消化のいいものを食べるようにしましょう」と言ってくれるだけでも安心できるのですが・・・。患者の顔を見ず「なんもないから帰宅してください」は、少し配慮にかけていると思います。気をつけていても、痛くなる時は痛くなるのです。

今後は病院を当てにするのではなく、食べる量を腹8分目に抑えたり、漢方薬を利用するなど、自分自身で気をつけていきたいと思っています。

6月 26

ノロウィルスと胃腸炎のダブルパンチ

私の中で二度とかかりたくない病気があります。それはノロウイルスによる胃腸炎です!あんなにひどい思いをするのは生まれて初めてで、トラウマになりそうなほどの嫌な記憶です。

その年の冬は、ノロウイルスが大流行している年でした。インフルエンザや風邪は聞いた事があったのですが、ノロウイルスによる胃腸炎の流行なんてあまり聞いた事がなく、最近になって発見されたのかなぁ程度の知識で、予防を徹底するなんて事もせずに過ごしていました。

病気になった子供

ある日、小学1年生だった息子が夜中に気持ち悪い!と言い出し、トイレで吐いてしまいました。ちょっと楽になったようだったので様子を見ていたのですが、30分おきに吐いてしまうような状態になってしまい、ちょっと焦ってしまいました。脱水症状になったら大変だと思って水分を取らせてもすぐに吐いてしまうので、心配しながら一晩過ごしました。

朝方には、ようやく吐かなくなったのですが、今度はひどい下痢に。トイレに行くのが間に合わないほどの激しい下痢だったので、オムツを履かせて病院に連れて行ったのですが、診察を受けたらすぐにノロウイルスによる胃腸炎だと言われ、学校もしばらく休む事になりました。12月の末だったのでそのまま冬休みに入ってしまうような状態でした。

トイレ

その後、主人と私にも感染。お義父さんと祖父にも感染が広がってしまい、祖父はひどい脱水で入院する事になってしまいました。家族みんなで吐くか下痢しているかでトイレに代わる代わるこもっていて、ぐったりしていてひどい有様でした。

毎年、クリスマスは我が家ではご馳走を沢山作ってみんなでパーティーをするのですが、その年はそれどころではありませんでした。ようやく症状がおさまってからも、しばらく食欲が回復する事はなく、みんな2,3キロ痩せてしまっていました。風邪もインフルエンザも大変な病気だと思いますが、我が家では冬にかかりたくない病気はノロウイルスによる胃腸炎がダントツで1番です。

6月 08

リウマチとインフルエンザ

今年の「インフルエンザ」の勢いは物凄かったです。

私は関節リウマチを患っているため、普段から免疫力を抑制する薬を飲んでいます。なので、風邪をひかないように真夏でも長袖長ズボンやハイソックスを着用し、汗ダラダラになりながら頑張ってきました。

しかし、今年のインフルの流行にはひとたまりもなく、あっという間にかかっていました。少し薄着だった日に喉が僅かに痛くなったと思っていたら、その後2か月近くも苦しむことになってしまいました。

インフルの検査は陰性だが・・・

これまで手術はありましたが、風邪では20年近く受診していなかったため、自宅近くの病院の診察券の日付を見たら平成12年でした。

病院に行くと、検査で反応がB型ですと言われている人やゴロゴロ痰が絡むような咳をしている人だらけで、かえって悪化するのでは?と思ってしまうような有様でした。

インフルエンザの検査

診察の順番が回ってきたインフルの検査を受けましたが、陽性反応は検出されませんでした。

しかし、咳や痰が酷く長く続くため数週間病院に通い、処方箋を受けているうちに、抗生物質で舌がボロボロとなり、食べているものが砂を噛むような感じにまでなってきました。

おまけに激しくせき込み続けたため、眠れず、脇腹まで痛く咳やくしゃみも苦痛となってきました。

この症状を告げても、周囲の患者さんの方が重い人が多く、私くらいではもう終了という感じです。私もこれ以上薬を飲み続けると、かえって体に良くない感じがしていたため、病院へ通うのは終わりにしました。

リウマチで通院している人は油断禁物

その後リウマチの専門医に脇腹の症状を告げると、疲労骨折だな~とつぶやいていましたが、案の定強く訴えなかったので処方はありませんでした。

Webで症状をチェックしていたため、咳による肋骨の疲労骨折(ヒビ)には、自力で傷むあたりに湿布を貼るしか手立てがないことは知っていました。

しかし、もうその頃には花粉症の症状が混ざり始めており、もはや風邪なのかインフルなのか気管支炎なのか花粉症なのか、わからないほどグチャグチャな状態になっていました。

私自身、免疫力が低下している事も知っており、気をつけていたつもりだったのですが、油断したところがあったのかもしれません。

リウマチで通院している人は、油断せず、風邪対策を講じていくようにしてくださいね。特にインフルエンザが流行る時期は注意しましょう。

5月 28

大型連休中に人生初の強烈な腹痛!病院探しが大変だった

私は46歳の独身男性です。両親はすでに他界し、兄はいるものの別世帯なので一人暮らしをしています。一人暮らしで怖い物の1つが病気です。誰も看病してくれる人が側にいませんからね。

今まで風邪やインフルエンザ等のよくかかる病気は経験していたものの、腹痛はありませんでした。脂っこいものを食べると腹痛・胃もたれを発症する方っていますけど、私はまったくそういうのがありません。タフな胃腸の持ち主だったのです。

まさかそんな私が腹痛に苦しむ時がやってくるとは思ってもみませんでした。

夜中に突然の腹痛が襲来

あれは今から8年前の事です。GW(ゴールデンウィーク)に当時交際中たった彼女と外食に出掛けた日の事です。

外食はハンバーグ。その帰宅途中に雑貨屋さんに立ち寄り、海外産のお菓子を購入しました。

ただそのお菓子が良くなかったんです。味は激辛、しかもその大半を私一人で食べてしまったんです。

お腹の激痛

彼女は夜23時頃に自宅に戻り、私一人になりました。特に体調不良もなく眠りについてると、急な腹痛で目覚めます。

強烈にお腹が痛むんです。下痢の痛みとはまた違い、鳩尾周辺が強烈に痛みます。

ここまでの痛みは今まで経験したことはありませんし、もしかしてこのまま私は死ぬのか、もしくはヤバイ内臓系の病気にかかっていたのかと心底あせりました。

しばらく時間が経過すれば痛みは治まるかな・・・と思ってじっとしてましたが、全く治まりません。ただ30分ほど経過すると痛みを感じるものの、激痛というほどではなくなり病院へ行こうと決意しました。

連休中はどの病院もお休み・・・

休診

しかし時間は午前3時、さらにGW真っ最中です。こんな時間に空いてる病院なんてありません。しかもこのまま痛みに耐え抜いて翌朝になっても、翌日は日曜日なので病院は休診中。明日耐え抜いて月曜になってもGWで休日、つまり明々後日まで病院で診てもらうことは出来ないんです。

さすがにこのまま耐え切るのは不可能だと思い、救急医療情報センターへ電話しました。救急車も考えましたが、出来るだけ自分で解決したかったんですよね。

車で10分ぐらいの距離に夜間・休日応急診療センターがあることを電話で教えてもらい、そのままの足で病院まで向かいました。

残念ながら病院には専門医はおらず、いたのは新人っぽい30歳前後のお医者様。聴診器で簡単な検査後に胃薬と痛み止めを処方してもらいました。この薬が効いたのか、30分後には痛みは止んでなんとか眠れました。

彼女には何も異常はなかったので、私一人で食べた辛い系のお菓子が原因だったのかなと納得しました。ただ、この腹痛を起こしてから胃腸が弱くなり、胃腸薬を携帯しなければならないほど弱い胃腸となり現在も苦しんでいます。

5月 18

急性腸炎で1日だけ入院

腹痛で苦しそうな女性

数ヶ月前の話しです。私はその日、午前中は体調が悪いというわけではなくむしろ調子が良く普通に仕事をしていたのですが、昼ご飯を食べて午後になったらお腹が痛くなってきました。あれおかしいなと思っていたら、下痢が止まらなくなりました。うえからも吐くことを繰り返し、仕事を早退。

普段からよっぽど体調が悪くならなければ、病院にいくことがない私は、あったかくして寝ていれば治るだろうと思い、市販薬を飲んでゆっくり寝ていました。しかし、体調が良くなることはなく、むしろどんどん悪くなっていきました。夜遅くになって、さらに我慢できないほどの腹痛に襲われ、主人に訴えて、救急病院に車で行ってもらいました。

熱は39度台だったため、まずはインフルエンザが疑われました。鼻のなかをぐりぐりされて、しばらく待っていたら陰性の結果が出ました。次は、CTの検査が行われました。最初に両手をあげてと言われ、両手あげるのしんどいわと思いながらもなんとか上げ、ドーム状の穴のなかをウイーンと動いていました。

急病の原因は急性腸炎

また、しばらく待っていると先生から話があると呼ばれ行くと「急性腸炎」という診断がでました。写真を見せられましたが、よく分かりませんでした。

解熱剤と痛み止めの点滴をうって、点滴が終わったら熱が平熱に下がったので、あとは薬を出しますので様子をみてくださいと言われ、会計を主人にお願いしていたら、再びお腹が我慢できないほど痛くなり、汗まで噴き出してきました。

病室

結局その日は入院することになりました。身体は幼いころから丈夫なほうで、この時が入院することが初めてだったのでとてもドキドキしました。4人部屋で小さな物音も気になる感じで、あまりよく眠ることはできませんでしたが、朝になったら病気だったのだろうかと思うほど元気になっていました。

1日だけの入院でしたが、大変な病気になったんだなと実感し、今後は自分の体調にもっと気をつかっていこうと考えた体験でした。

4月 28

他人事ではない「産後うつ」

産後うつ

10人に1人が産後うつになるって知っていましたか?まさか私がその1人になるとは思っていませんでした。しかも、精神科に通い、処方された薬を真面目に飲んで悪化させてしまったんです。

常に倦怠感があり、漠然と「死にたいな」と思ったことは少なくありません。包み隠さず言うと、無意識に2度も自殺未遂をした事もあります。

精神科の薬で身を滅ぼす!?

産後うつになって5年後、ある漢方薬局の先生と出会いました。先生曰く、

「自殺をしたくなるのは、薬を飲んでいるから。うつ病患者で自殺した人の100%がうつ病の薬を飲んでいる。」

と知らされました。それが本当かどうかは分かりません。しかし、私の体験と照らし合わせると、あながち間違っていないのでは、と感じました。

それから私は薬を飲む事をやめています。

私の主治医はやぶ医者だった・・・

医者の診断

その後、精神科の主治医に診てもらう機会があったのですが、薬を飲んでいない事に全く気付く気配がないのです。

実際の診察も

「寝れてますか?」
「何か変わった事はありましたか?」
「次の予約は?」

こんな感じで診察が終わります。時間にしてたった5分程度です。本当にやぶ医者だなと思いました。

個人的には薬に頼るべきではない思います

現在、様々な薬が開発されていますよね。抜群の効果を発揮する薬も多いです。しかし、こと精神病においては、薬に頼るべきではないと個人的には思います。

先の漢方の先生も「将来認知症のリスクが高まるのがうつ病の薬」だと言っていました。

もちろん、漢方の先生の言葉だけを信じるのではなく、私自身もたくさんの本を読んだりして、情報を集め、漢方から栄養(鉄サプリ、ナイアシン)食事などについて勉強しました。

女性は特に生理もあるので、出産による栄養不足(特に鉄不足)によってうつ状態になってしまうことは、科学的に証明されているようです。

何を信じ、何を選択するのかは本人や家族の自由です。でも、私の約7年のうち5年くらいは、本当に無駄な時間を過ごしたなと後悔しています。

残念ながら、悔やんでも時間は戻りません。今は薬なしで、規則正しい生活も出来、仕事や子育てもこなすようになりました。無駄なこと(=精神科に行き薬を飲むこと)をした人が後悔しているということを一人でも多くの人に知っていただき、一人でも無駄な時間を過ごさないように願っています。

4月 14

パワハラやいじめは心の病の原因になる恐れがある・・・

職場でパワハラ・いじめを受けている女性

私が病気になり始めたのは10年前でした。きっかけは、職場でのパワハラいじめです。男性ばかりの会社で女性は私一人しかいなかったので、職場で心の許せる友達も作ることが出来ませんでした。必死に食らいついて頑張っていましたが、結局いじめに耐えきれず辞めてしまいました。

パワハラ・いじめが怖くて・・・

当分は体を休めるつもりだったので、自宅でのんびりしていました。ただこのままではいけないと思い、次の仕事を探し始めました。

しかし、前の職場での出来事がフラッシュバックしてしまい、どの会社も楽しく働けるイメージを持つ事ができませんでした。終いには、面接でさえパワハラを受けているように感じはじめ、仕事を探す事自体が怖くなっていきました。

結局、仕事探しをあきらめ、そのまま自宅でこもっていたら、とうとう病気になってしまいました。負の連鎖です。

精神科でさらに症状が悪化

白黒の女性画像

はじめは親戚の家を利用しながら空気がきれいなところで休んでいました。しかし父の理解力もなかったし、父からも体罰されたりして私は余計に変になりました。頭がまいってしまったのでカウセリングだけでもいいので病院に行きました。カウセリングだけのところは何か月も待たないとやってくれないため精神科に行きました。

しかし精神科でさらに症状が悪化してしまいます。先生は優しく話を聞いてくれるものとばかり思っていたのですが、診察を受けた先生は突然怒ったり、叱ったりするのです。私はただ親身になって聞いてほしいだけだったので、とても辛い思いをしました。

何かしらの薬を処方されましたが、私が望んでいたのはただただ親身に話を聞いてくれる人なんです。カウンセリングを受ければよかったと、非常に後悔しています。

それから何年か後にようやく親身になってくれる友達が出来ました。側にいて、ただ話を聞いてくれるだけで本当に心の支えになります。病気はまだ完治していませんが、友人のおかげで少しずつ快方に向かっています。

3月 28

インフルエンザになって実感した親のありがたさ

子供を看病する親

私は子供の頃、よくインフルエンザに感染していました。2、3年に1回は必ず高熱を出し、その度に親が心配そうな顔で病院に駆け込んでいたのをよく覚えています。

それから時が経ち、県外の大学に進学した私は人生初の一人暮らしをスタート。全て自分で行わなければならない家事こそ面倒くさいものの、毎日が新鮮で、細かな事で親に怒られない生活はまさに最高でした。

一人暮らしのインフルエンザはツラい・・・

そんな一人暮らしで初めて経験する冬。いつも通り大学で講義を受けていると突然体中に異常な寒気が・・・。私は一瞬で状況を理解し、講義が終わると急いで家に帰り、体温計で熱を測りました。結果は38.2度の高熱。一人暮らし1年目にしてインフルエンザになってしまったのです。

病院の検査で陽性反応が出るのは発症後少し経ってからなので、それまでは1人で耐えるしかありません。

まず私は症状が軽いうちにすぐ近くの大型スーパーまで買い物に出かけました。健康体であれば自転車で5分程度なのですが、高熱で頭がフラフラするため自転車に乗るわけもいかず、途中何度も休憩しながら徒歩移動。15分ほどかかってようやく到着しました。

熱を測る女性

闘病に必要な物を購入し、なんとか買い物を終えて家に帰ると、頭痛と倦怠感から立っているのがやっとの状態に。熱も39度台になって身動きもできないので、寝ることが一番だと考えすぐに就寝することにしました。

翌朝目が覚めると症状はさらに悪化。恐ろしいほどの関節痛と倦怠感に加えて熱も40度近くまで上がっていたため、これ以上耐えるのは無理だと判断し、タクシーを呼んで近くの病院に直行。案の定、検査では陽性と判明しなかったのですが、医者が時期や症状などを考えてインフルエンザと独断で判断し、タミフルを処方してもらいました。

その後、この判断が功を奏したのか症状はなんとか抑えられ、5日ほどの静養で完全に回復することができました。

私はこの体験をして、一人暮らしのインフルエンザの怖さを実感するとともに、私の事を考え必死になって看病してくれていた親の姿が脳裏に浮かび上がりました。親のありがたさを再認識し、すぐにでも実家に帰省したくなったことを今でも覚えています。

3月 05

風邪だと勘違いしやすい!?命を落とす危険もある髄膜炎

病気になった子供

小学校2年生の頃、口内炎が突然口の中にたくさんできるようになりました。

普段からほとんど風邪もひかない健康体の私だったため、体調が悪いのかたまたま口内が荒れたのか、不思議に思っていました。

数ある口内炎の中でも、特に気になったのが下唇の裏側のど真ん中にできたやつ。サイズがとても大きく、痛みもひどかったからです。

体の真ん中は人間の急所であるため、父親も母親もなにか体の中からのSOSなのではないか、と思いすぐに小児科へつれていってくれました。

風邪と診断されたが症状が悪化

熱がまだそこまで出ているわけでもなく「風邪でしょう」と診断され、薬をもらい家で安静にしているように言われて家へ帰りました。

その夜中に熱がとてつもなく上がってしまい、40度いくかいかないかの高熱の状態で、吐き気が止まらず、食べたものはすぐに嘔吐していました。完全にただの風邪ではないな、と両親は大慌てで救急車を呼びました。

髄膜炎と判明

診断

緊急入院して診断した結果、髄膜炎ということでした。唇の口内炎から菌が侵入したのが原因だそうです。

とにかく熱が高く、私は当時意識がずっとありませんでした。両親の話によると、意識レベルが通常が100なら当時の私は30程度しかなく、かなり危ない状態だったそうです。

緊急入院した夜「もちこたえなければ危ない」と医師から言われ、両親は倒れそうになるほど焦ったと言っていました。

病院のスタッフの方たちの懸命な治療と両親の眠らずの看病のおかげで何とか山を越え、熱は少し下がり意識がもどったそうです。

しばらくは入院生活が続き、何より一番痛くて記憶にあるのが、脊髄への注射でした。

まだ幼かった私は注射の時間が何よりも地獄で、泣いてもどうしようもないとわかっているのに、ただひたすらに大泣きして両親の心を痛めていたそうです。

髄膜炎の怖いところは、症状が激しくでるまで一般的な風邪のようで、見た目にもあまり変化がないので、病院でも診断を誤ることがあります。

当時は両親の咄嗟の判断で、救急車を呼んだことが私の命をとりとめたポイントだったと思います。とにかく異常を感じた場合は、素早い判断が大切です。

2月 13

今までで一番つらかった「感染性の胃腸炎」

今までかかった病気のことでよく思い出すのは、8年前のお正月にかかった感染性の胃腸炎です。

8年前の1月2日。遠くに住む幼馴染2人と一緒に、久しぶりの再開を喜びながら飲み会を開いていました。1軒目は居酒屋さん、2軒目はバー、と順調に酔っ払い、帰宅。

その夜に腹痛は突然やってきた

お腹の激痛

その日の夜中のことでした。「なんかお腹が痛いなー」と目が覚めて、トイレに立ちました。お酒を飲むとよくお腹を壊しませんか?私もそういう体質なので「それかな、今日はたくさん飲んだしなー」と思いながら用を済ませて、もう一度就寝しました。

しかし、またお腹が痛み出します。「うーん、今日は特に調子が悪いなぁ」と、まだ楽観視していました。

でも、明け方になっても腹下しが治らず、嘔吐までした時点でようやくこれはおかしいと思いました。当時はまだ実家で両親と一緒に住んでいたので、両親を起こして「なんかおかしい、昨日の夜中からずっとお腹を下していて、さっき吐いた」と伝えました。

病院で診察を受け「胃腸炎」と判明

救急病院に駆け込むほどではない、という判断で、お正月もやっている年末年始の当番医のところへ。もちろん混んでいて、救急に駆け込むほどではなかったものの、その頃にはもうヘロヘロだったわたしは成人して初めて母の膝枕で、しかも待合室なので人前で寝ながら順番を待ちました。体裁なんて考えることができないほどつらかったのです。

点滴

やっと受診の順番が来て、症状を伝えると「胃腸炎ですね。とりあえず点滴をしましょう。」ということになりました。人生初の点滴です。腕は冷たいし、狭いベッドに同じ体勢で長時間寝ているのが本当につらくて、4分の3くらいのところで外してもらいました。そのあとは薬をもらって自宅療養でした。

この時点でも充分つらかったのですが、とにかく上からも下からも出るわ出るわ、本当にどうしようもないくらいきつくて、脱水でふらふらになって死ぬんじゃないかと思いました。それでも少しずつ良くなり、3日後にやっとまとまって食事ができるようになりました。

後日、一緒に飲んでいた幼馴染の1人も同じ症状になっていたことが分かり、2人で二度とかかりたくないね、と話しました。

1月 29

鼻茸の手術で入院した夏休み

私が鼻茸という病気で入院したのは中学2年生の時の夏休みでした。小学6年生の春に鼻水が止まらなくなり、花粉症にでもなったのかと思っていました。

鼻詰まりが酷くなり、夜も寝ている時には大きないびきをかいていると親に言われました。それでもなかなか病院に行く気になれずに放っておきましたが、友人がたまたま耳鼻科に行くというので一緒に行くことにしました。

耳鼻科で診てもらうと、すぐに紹介状を書くから大きな病院に行ってくださいと言われ、総合病院に行くと手術をしないと取れないから夏休みに1週間入院してほしいと言われました。

鼻茸で入院&手術

成人男性の鼻

鼻茸というのは鼻の奥の空洞にできるポリープのことで、形がきのこのようになっていることから鼻茸と呼ばれているそうです。

小さいものなら鼻の穴から簡単にとることができるようですが、私の場合は放置し過ぎていたため大きく成長してしまったものと、小さいものが多数出来てしまっていたため入院が必要とのことでした。

大きいと言っても鼻の穴から取り出せる大きさだったので局部麻酔で簡単に取れると言われましたが、初めてのことなのでとても私は緊張していました。

入院した次の日に手術でしたが、検査で鼻の中に綿をこれでもかというほど入れられて鼻の形が変わってしまうほどでした。同室の人もドン引きするくらいの顔になってしまい、仲良くなれる気もせず私はとても寂しいと思っていました。

手術室に入り手術台に乗せられ、目隠しはされましたが局部麻酔のため意識はちゃんとしていますし、音や先生たちの声も聞こえます。ハッキリ言って恐怖しかなかったです。鼻に麻酔をされているのはわかっていたのですが、鼻の中でゴリゴリと取っている音がし、それが痛く聞こえて「痛い」と何回も言ってしまいました。

その都度、先生は私の鼻の中に麻酔をかけていたのだと思います。

手術中にそのまま眠ってしまい、起きた時はもう夜になっていました。

病気は早期発見がやっぱり大事

ベッドから降りてトイレに行き、そしてまた眠りにつきましたが夜中にとにかく吐き気を催してしまい体が動きませんでした。

ナースコール

ベッドの横にあるインターホンで看護師さんに連絡をするのがやっとでしたが「どうしました?」とインターホン越しに声をかけられたところで声を出したら吐いてしまいそうで何も言えずにいました。

何回も押して「どうしました?」と聞かれ、声を出せずそのまま・・・という状態を何度も繰り返し、時間はどれだけ経ったかはわかりませんが看護師さんが来てくれないため自分で洗面所まで行こうと体を起こしたとたんに嘔吐してしまいました。

嘔吐してしまったため、またインターホンを押し「どうしました?」との声にやっとで声にもならないような「うぉ、うぉ」という言葉を出しました。

それからしばらく看護師さんは来てくれなかったと思います。もしかしたら私が長時間に感じただけかもしれませんが、やっとで来てくれた看護師さんは「あぁ」とだけ言って手早くシーツを取り換えてくれました。吐きたかったら全部出してしまえと言われ、そのまま意識がなくなるまで吐きました。

初めての麻酔で痛くもないのに痛いと言ってしまったことで麻酔が強くかかってしまい、余計に気持ち悪くなってしまったのだと思います。局部麻酔も良いようで悪いようなイメージは何年たってもぬぐい切れません。

たったの1週間ではありましたが、病院の食事もおいしくないし、散々な思いしか無くて、それからは少しでも具合が悪いとすぐに病院に行くようにしています。どんな病気でも早めに処置をすれば苦しい思いはあまりせずに済むのではないかと思っています。

1月 19

仕事のストレスと不規則な生活が影響し大腸癌に・・・

毎日、仕事で忙しくしていた僕は、家に帰るのも遅く不規則な生活をしていました。そのせいかストレスも多く感じていて、顔色は悪く、腹痛にもたびたび襲われていました。ただゆっくり心と体を休めれば治ると思って「そのうちタイミングが合えば休もう」と放置していました。

血便が・・・

お腹の激痛

そんなある日、仕事中にいつもとは違う腹痛に見舞われ、立ってる事もできず、トイレから出られない時がありました。その時は気にもせず自宅に帰り排便すると激しい鮮血の便が出ました。さすがにただ事ではないと思い後日、胃腸外科で精密検査を受ける事になりました。

病気など今まであまりした事がなかったので、悪い方には考えず軽い気持ちで受けたのです。ところが予定の検査が終わっても、さらに詳しく調べないといけないとの説明があり、検査入院をする事になりました。

今思えばこの時点でもう答えは出ていたのです。検査を終えて先生からの説明があると言われ部屋へ入ると、そこには先生の他に看護師が3人立っていました。ただ事ではないとすぐに気がつくと震えが止まりませんでした。

診断結果は大腸癌

医者の診断

先生の口から末期手前の大腸癌だと宣告されました。すると以外と冷静に話しを聞けてこの先どのような治療をするのかの説明を受けました。専門の大きな病院を紹介されそこに移る事になるのですが、患者さんの数が多くすぐに手術する事が出来ませんでした。

結局1ヶ月間、手術待ちで入院しました。その間は腸がつまるといけないので食事はできず点滴と流動食のみでした。その期間が今思えば一番辛かったように思います。

手術内容は腹腔鏡手術で行いました。手術後の一週間は傷口の痛みがひどくて夜も寝れない日が続きました。日に日に体調は良くなり、食事も固形物が食べれるようになり生きる喜びといっしょに噛みしめていました。退院する日も近づいてくると、この先の人生をどう生きていくかなどよく考えて過ごす日が増えました。

手術から5年が経ち「先生からはとりあえず完治ですね。」と言われ今はホッとしています。

古い記事へ «